第55話 ララン④

『まず1つ目の質問の答えだ』


 ギリの声に気を取り直しペンを握る。

 目の前の紙に“情報が早く集まった理由は何か”と書いた。


『分からない』


 思わず眉を上げるとセリアが僕の顔を見る。

 驚いている場合じゃない、先ほど書いた質問の下段に“不明”と書き足す。


「おいロジー、これは質問の答えになっていない。現に情報は集まった、そこには必ず理由があるはずなのだよ」


 セリアの言葉に頷きリングを握る。


「ギリ、その人がどんな相手から情報を集めたか知りたいと伝えてくれ。詳しく教えられないなら……そうだな、一般人かそうでないかだけでもいい」


『……一般人だ。どいつもこいつも事件のことを詳しく覚えてたらしい。その理由までは分からねえみてえだがな』


 これ以上の質問は無いかとセリアに問うと、数秒の思案の後首を横に振る。

 僕は頷き、続いて“パッチワーカーの事件に詳しい人間を知っているか”と書く。


「ギリ、次の質問の答えを頼む」


『この街で暮らしてりゃ知らねえヤツを探す方が難しい。特に詳しい人間って言や、首を刎ねられたノーレントのガキがそうだろうってよ』


 ギリの言葉をそのまま書き起こすと、隣から落胆の吐息が聞こえた。


「それ以外では?」


『何年も前から熱心に聞き込みしてたおっさんがいたらしい。アネモネだかアネモエだかのバーテンだっつう話だ』


「マスターなのだよ」


 まあ順当な結果だ。

 そりゃあ7年前の出来事に詳しい人間となれば、当事者以外ありえないだろう。


『3つ目の質問についてはノーコメントだそうだ』


 と言うより、当人を知らないから答えられないだけかな。

 “アレク・ノーレントがパッチワーカーだと思うか”という文字の上に線を引く。

 その脇に“情報元の年齢は10代前半”とメモを残した。


「分かった。それじゃあ最後の質問をお願い」


 4つ目の質問は“都合の悪い事実を金と権力で揉み消す貴族、と聞いて最初に思い浮かべるのは誰”だ。

 その答えは間髪置かずに返ってきた。


『グレンドレック家か。まあ、こいつに関しては俺も同意見だな』


「というと?」


『現当主のアルバートが一代でとんでもねえ力を持てたのは、自分に敵対する相手を根こそぎぶっ潰してきたからだ。もちろん絶対に表には出ねえやり方でな』


 脳裏に浮かぶのは学園違法賭博の胴元ミゲル・ラクマン――彼を連行していった大男の一団だ。

 グレンドレック……いや、と言うよりはアルバートの子飼いか。あの連中が何者なのかはさておき、やつらは事件の痕跡の一切を封じ込め、同時にミゲルという人間を消し去った。

 中心人物の口封じ、そして露骨な見せしめによる言外の脅迫。

 まるでマニュアル化されたような一連の流れは、これまでも同様の行為を繰り返してきたという可能性を示唆している。


 推測。

 これまでのセリアの発言を鑑みるに、アレク・ノーレントは警察のような法執行機関の人間だと考えられる。

 ある日、彼は重大な不正に気づいたか、あるいは偶然情報を入手してしまった。

 たとえば……そう、グレンドレック家にとって非常に都合の悪い秘密とか。


 その後の彼の行動は分からない。

 事実かどうか当人に確認したのか、裏付けのために調査を続けたのか、はたまた強請りのネタに使ったのか。

 ただ一つはっきりしているのは、彼は無実の罪を着せられ社会から抹消されたということだけ。


 いや、待てよ――


「……グレンドレック家は人一人くらい簡単に消してしまえる力を持ってるのに、アレク・ノーレントはどうしてわざわざ“パッチワーカー”に仕立て上げられた?」


『あ? どうしてって、そりゃあ単に消すだけじゃダメだったからだろ』


 至極当たり前のように言ったギリの言葉に、頭の中でカチリとピースがはまる。


「そう、そうだよ! ギリ、そこの彼に追加の質問だ。“君が敵対する情報屋を潰そうと思ったら何をする?”」


 数秒の沈黙の後、想像していた通りの答えが返ってきた。


『チクり屋だとかガセネタを掴ませるだとか、とにかく悪い噂を流すのが一番だとよ。そりゃあそうだよな、信用を失った情報屋はお終いだ』


「その話、“パッチワーカー”の件にも当てはまると思わない?」


『……あんたの考えが何となく読めたぜ。揉み消せねえくらいの証拠が出てきちまったんなら、証拠そのものの価値を下げちまえばいいってわけだな。はっ、あの大貴族様が俺たちみてえなやり方してたってか。気に入らねえな』


 吐き捨てるように言うギリ。

 まったくもって同感だよ、貴族が聞いて呆れる。


「セリア、喜んでいいよ」


 もはや握ったままになっていたペンを置く。


「いったい何の話なのだよ。やり取りを書いてくれなければボクには――」


「アレク・ノーレントは恐らく不正の証拠を掴んでいた。彼に罪を着せた何者かを、致命的に脅かす秘密をね」

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