第52話 ララン①

 翌日、険悪なムードに各々が各々の表情を浮かべる中、僕は1人涼しい顔でスープを啜る。

 場所は食堂のいつもの席、メンバーは僕、リーシャ、セリアの3人と、ギリ、クリスティーナを加えた計5人。

 4人掛けのテーブルを無理やり5人で使っていた。


「……っ」


「……」


 袖を摘ままれたり脇腹に肘を入れられたり、両脇から何とかしろと無言の抗議が届くも僕はスルー。

 まあ、言わずもがな向かいに座るあの2人が原因だ。


 まさに水と油、同じ空間にいることを互いに許さないといった様子。

 ギリの方は少し話しただけで何となく察してはいたものの、クリスティーナがギリに対してどんな感情を持っているかは今のところ分からない。

 とはいえ、何かあったことだけは間違いなく、その事実をこの雰囲気が物語っているわけで。


「てめェ、なんでンなとこにいやがる」


「私はロジーに呼ばれて来ただけだ、聞きたいことがあるそうでな。貴様こそ食堂にいるところなんて初めて見たぞ」


「あァ?」


「なんだ、やるのか?」


「上等だコラ、表出やがれ」


 ごほん、と咳払いすると2人の視線が集まる。


「君たちの間に何があったのかは知らないし興味も無い。ケンカするのもどうぞお好きに、もちろんルールに則ってね」


 わざと大きな音を立ててスプーンを置き、ナプキンで口元を拭う。


「ただ、話をするためにここへ呼んで、その報酬も既に支払っている。受け取ったからには求められた仕事をしろ――いいね?」


「「はい」」


 よろしい、と答えて一息吐く。


「君たちを呼んだのはスラムにいた頃の話を聞かせてほしいからなんだ。そして、必要になれば現地の案内もしてもらいたい」


 犬猿の仲、と表現するに相応しい2人が顔を向き合わせる。

 どちらもぽかんと口を開けた表情でだ。


「おいスティア、俺らが“ララン”出身だってロジーに教えたか?」


「いや、私は貴様が教えたものだと思っていたが――なるほど、いつものか」


 一足先に何かを納得した顔でクリスティーナが嘆息する。


「スティア?」


 リーシャが呟きながら首を捻る。


「クリスティーナの自然な反応を見るに相当呼ばれ慣れてるから、ラランってところにいた頃の呼び名だろうね。あるいは幼名とか」


「それじゃあ、2人は元々仲が良かったってことですか?」


「さあ? あ、それ本人たちに直接聞いちゃダメだよ。多分また怒り出すから」


「は、はい」


 小声でのやり取りを終えて2人に向き直る。


「で、何が聞きてえんだ? もらった分の話はするぜ」


「じゃあ率直に聞こう。君たち、傷口を針と糸で縫った経験はある?」


「「ある」」


 声を揃え、さも当然のように2人は答えた。


「俺らは滅多にケガしなかったが、ヘマした仲間が背中をザックリやられたことがあってな。そんときゃ総出で切った貼ったしたもんだぜ」


 俺ら、ねえ。


「あそこで回復系の魔導具を持っている人間はそう多くない。と言うか、私を含めそもそもまともに魔導具を扱えない連中の集まりだからな」


「魔導具が使えなきゃこの街に居場所はねえ。そうしてつまはじきにされた奴らで助け合って暮らしてんのがラランだ」


「そういうことだ。ケガをしても医者に診てもらえない、魔導具も使えない、となれば自分たちで治療するしかないだろう」


 なるほど。

 魔導具研究の最前線というだけあって、王都ロメリアは生活の深くにまで魔導具が入り込んでいる。

 たとえばジオラス領では各家にかまどがあったものだけど、ロメリアでは魔導具によって火を起こし家事に利用する。ちょうど前世で言うガスコンロのような感じだ。

 ようは魔導具を使えなければ満足に生活することもできない。

 他の領に移住するのにもお金がかかる以上、それすらできない人間はどこかに集まって暮らすしかないだろう。それがラランというわけだ。


「ちなみにその技術は誰から教わった?」


「俺は仲間がやってるのを見て覚えたが、その仲間も多分誰かのを見て覚えたんだろ。生きるために必要なものは何でも覚える、そういう場所だ。出所が知りたいってんならまず不可能だな」


「私も同じだ」


 つまり、ある程度ラランで暮らした経験があれば誰でもできるということか。

 逆に言えば、ロメリアで普通の生活を送れていればそんな技術を身に着ける機会は無いし、その必要も無い。


「ところでロジー、なぜ急にそんな話を? お前やリーシャは魔導具を使えるのだから関係無いだろう」


「ちょっとある事件を調べててね」


「“パッチワーカー”か、今さらンな昔の事件蒸し返して何がしてえんだ?」


 隣のセリアを見やる。

 数秒の沈黙の末、こくりと頷いたのを確認すると、事の顛末を話すべく僕は口を開くのだった。

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