第51話 影の輪郭⑤

「あんまり納得のいってない顔だね」


「当然だ。キミの言い分では、“パッチワーカー”は正義のために行動を起こしたみたいなのだよ」


「悪意だけが殺しの理由じゃない、実際そうなのかも」


「“パッチワーカー”に悪意は無いと? そんな馬鹿な話があるか」


 セリアが吐き捨てるように言う。


「そこが“普通の人間”と“サイコパス”の違いだよ。僕らにとっては連続猟奇殺人犯、やつとその信奉者にとっては差別に抵抗する正義の伝道師――そういうこともある」


「だが!」


 声を荒げたセリアに落ち着くよう促す。


「セリア、1ついいことを教えてあげよう。善悪の基準なんて所詮人間の後付けに過ぎない。自分が善で、相手が悪である必要なんて本当はどこにもないんだ。要は目的を果たせさえすればいい、そうでしょ?」


 僕の言葉に、セリアは怒らせていた肩を脱力させる。


「……キミが自分をサイコパスと称した理由が少し分かったのだよ。やはりキミも善悪の価値観の外側にいる」


「そういうこと」


 カウンターへ向けて手を上げる。

 こちらに気づいたマスターに空のグラスを指差し、おかわりを求めた。


「話をまとめるとこうだ。“パッチワーカー”は独自の正義感から殺人を起こした。人は種族の垣根を超えて1つになるべき、なんていう身勝手なメッセージを添えてね」


「言っていることは間違っていない気もしますが……」


「そこが問題だ。自己表現は結構だけど、その方法が間違ってる。他にやりようはいくらでもあったかもしれないのにね」


「そうとも限りませんよ」


 リンゴジュースを注いでいたマスターが短く言う。


「皆が皆、ロジー様のように頭が良いわけではありません。ロメリア魔導学園に銀の髪のエルフが入学したという話、あれを実現させたのもロジー様なのでしょう?」


「うん、まあ」


「誰にでもできることではありません。差別とはそれだけ根の深いものなのです」


 マスターを見やる。


「私の顔に何か?」


「いや、マスターならどうするかなって思って」


「おいロジー! キミ、まさかマスターを……」


「ありえない話じゃない。少なくとも、差別に特別な感情を持っているなら誰だって容疑者だ」


 ふむ、とマスターは斜め上に視線を向ける。


「私が若い頃に自治組織へ入った理由は、大切な友人を理由なき迫害で失ったからなのです」


「それは銀髪のエルフだね」


「……当てずっぽう、では無いのが分かりますよ。あなたはきっと何らかの根拠があってその言葉を口にした」


「学園の話を知っているなら、僕と一緒にいて、かつ屋内でも帽子をかぶったままのリーシャが件の銀髪エルフだと気づくはず。なのにあなたは少しも意識していない。過去に銀髪エルフと接点があったからだ」


「さすがでございます」


 感心した表情で手を叩くマスターに続きを促す。


「察しの良いロジー様ならもうお気づきと思いますが、私は彼の無念を晴らしたかった。そして、銀髪のエルフだからという理由でまともに取り合わなかった自治組織を内側から変えたかったのです」


「それが、マスターの差別に立ち向かうやり方?」


「はい。とはいえ、そこでも大切な部下を謂れなき罪で失い、今はこんな場所で店をやっていますがね」


 筋は通っている。

 それに嘘をついているような気配も無い。


「ありがとう、変なことを聞いてすみません」


「いいんですよ。また何かありましたらお気軽にお呼びください」


 去っていくマスターの背中を見送っていると、誰かが僕の太ももをつねりあげた。


「痛たたたたっ」


「どういうつもりなのだよロジー! マスターはずっと“パッチワーカー”を追っていた側なのだよ!」


 テーブルを叩きながら顔を突き出してくる。

 膨れ面の口元についていたスープの跡をナプキンで拭う。


「犯罪を犯すサイコパスの傾向の1つに、自分の事件の捜査に加わりたがるというものがある。内側から情報をコントロールできるのはもちろん、自分を必死に捜し回る人間を見てスリルと興奮を味わうためにね」


「いいや、ボクは聞いたことがない。いったいどこの世界の話なのだよ。本当にあてになるのか?」


「傾向の1つってだけだよ。その可能性を考えて質問してたんだ」


「それで、結果は?」


 なおも僕を批難するような視線を向けるセリア。

 これ以上の関係悪化は避けたいところだけど、さてどうするか。


「……分かった、分かったよ、降参だ。君の流儀に従おう。これからマスターを疑う時は明確な証拠を見つけてからにする、これでいい?」


「ふん、それならボクも文句は無いのだよ。パパの恩人でありボクの恩人だ。いくらキミと言えど、軽々しく失礼を働くのは見過ごせないのだよ」


 分かればいい、といった様子でセリアは席に戻った。

 ただまあ、セリアには悪いけど、容疑者の中には入れておこう。

 あくまで可能性のレベルではあるけれど、ゼロと言い切れない以上はね。

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