第50話 影の輪郭④
「“あの時のセリアの表情をあなたにも見せたかった。これを間近で独占できる僕は、きっと王城に招かれるよりも素晴らしい栄誉を手に入れたに違いない。”……か。何と言うか、詩的なお父さんだね」
一通り読み終わった手帳をセリアに返す。
捜査メモというよりは単なる日記帳だ。
セリアとどんな話をして、どんなものを食べて、そして笑顔のセリアを見てどう思ったかなど、取り留めもない出来事が面白おかしく語られている。
初めての子供に舞い上がった親の、いわゆる自叙伝というやつだろう。それも親バカ全開で、かなり痛々しい部類の。
「ボクも読んだが、真面目に日記を書いていた前半はどうしたんだというくらいの豹変ぶりだろう?」
「普段から君を溺愛していた?」
「そんな記憶は無いのだよ。休みの日にはあちこち連れていかれたものだが、特に会話が多かったわけでもない。今にして思えば、ボクとの距離を測りかねていたのだろう」
「不器用だったんだ」
「かもしれないな。ただ――」
昔を思い出すように目を細めたセリアは、片肘をつきながら天井を仰いだ。
「直接的な愛情表現は無くとも、愛されているという実感はあった。なぜか、と聞かれると、上手く言葉にはできないがな」
隣で息を飲む気配を感じた僕は、テーブルの下でそっとリーシャの手に触れた。
「で、日記の続きだけど、セリアのメモも見たよ。子供の字だったから読むのに苦労したけどね」
「仕方ないだろう、実際に子供だったのだから。それで、答え合わせとやらはできたのか?」
「まあね、子供とはいえさすがセリアだ。いや、子供だからこそ“パッチワーカー”と感性が近かったのかもしれない」
「だからこそ?」
肯定した僕はリンゴジュースを煽り唇を濡らす。
「皆“パッチワーカー”の残忍性と計画性しか見ていない。どうやって殺したのか、どうやって人目を逃れたのか――まあ、大人の感性からすればまず目が行くのはそこだ。ある程度は仕方ない」
「……“なぜ”の部分が抜け落ちているのだよ」
「そう、焦点を当てるべきは“なぜ3人を部分的に継ぎ接ぎにしたのか”、そして“なぜ演劇の一場面のように着飾らせポーズを取らせたのか”」
「何かのメッセージ、でしょうか」
ぽつりと漏らしたリーシャに視線が集まる。
「ふええっ!? わ、私、何か変なこと言いました?」
「いや、逆なのだよ。ボクもロジーもそう考えていた」
「問題はメッセージの内容だね。リーシャ、何か思いつく?」
うーん、と唸りながら首を捻る。
まだ推測の段階でしかないけれど、この犯罪の裏に隠されたメッセージは、リーシャのような人間の方が分かるかもしれない。
「目、髪、肌の色に、種族も違う3人の被害者、継ぎ接ぎ、衣装、演劇……」
ぶつぶつと呟くようにピースを並べていくリーシャ。
「ロジーの考え方に当てはめると、憎しみからの犯行じゃない。だって、憎い相手に衣装を着せて綺麗にするのはおかしいもの」
「……順調に染まってきているのだよ」
「まあ、ある意味一番弟子みたいなものだからね」
呆れたように言うセリアに肩を竦めてみせる。
「そう、殺した後に手間暇かけてるってことは殺すことだけが目的じゃないはずですよね。それなら、継ぎ接ぎの部分に意味が……」
顔をしかめて口を閉ざすリーシャに続きを促す。
「でも……」
「言い淀むってことは、リーシャは多分正解に辿り着いてる。ありがとう、確信が持てたよ。続きは僕が話そう」
テーブルに両肘をついて手を組む。
「リーシャ、君の行き着いた思考はこうだ。“もし、自分の髪が銀色でさえなければ、あるいはエルフの耳などでなければ、そのどちらかが他人のものであったなら”」
こくりと頷いた顔には安堵の色が浮かんでいた。
まあ、そういう反応をするよね。
「……ごめん、意地悪な聞き方をした」
咳払いをすると、びくりとリーシャの肩が震える。
「そしてこうも考えた。“皆と違うから差別されるなら、皆同じになっちゃえばいい”、ってね」
違う、と否定するべく口元が動くも、声は続かない。
「別にいいんだ、これまで謂れのない差別を経験してきたなら当たり前の感情だよ。君が詐欺師である僕を許容してくれるように、僕もそんなことじゃ君を嫌ったりしない」
恐る恐る頷いたリーシャに笑いかけて、話を元に戻す。
「リーシャのように思うだけならいい。というか、誰しも世の中をメチャクチャにしたい願望の1つや2つあるだろう。けど、あろうことかそれを現実で実行に移してしまったのが“パッチワーカー”だ」
「ちょっと待つのだよロジー、ボクが子供の頃書いたあんな戯言を信じるのか?」
「そう? 僕は的を射てると思うけど。少なくとも、一番新しい書き込みの“差別主義者の対立煽り”説より数億倍確度が高い」
「ではキミはこう言いたいのだな? “パッチワーカー”は差別を憎んでいて、その主張のために3人を継ぎ接ぎにして飾り立てた、と」
「一切の血を流させないこと、そして演劇のようにポーズを取らせたところがポイントだ。種族の違う3人が混ざり合い、まるで幸せな物語の終幕のようにその姿のまま永遠に時が止まる」
子供時代のセリアは、細部こそ曖昧だったもののこの結論に行き着いていた。
歳を重ねるごとに馬鹿馬鹿しく思えるからこそ、この事件を調査している大人たちはついぞ本物の“パッチワーカー”に辿り着けなかったわけだ。
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