第53話 ララン②

「なるほどな。それで“遺族の住所を調べろ”、なんて妙な依頼してきたのか」


 事の顛末を話し終えると、ギリがそう言いながら背もたれに体を投げ出す。


「む? ということはロジー、キミの言っていた情報屋というのは……」


「あ、そういえばちゃんと紹介してなかったっけ」


 リーシャとセリアに視線を向け、手のひらでギリを差し示す。


「こいつはギリ、クリスティーナ絡みの一件で知り合ってね。収入のあてが無くなったみたいだったから、僕が情報屋として雇ったんだ」


 挨拶代わりに軽く手を上げるギリ。

 最初から慣れ合うつもりは無いのか、もはや僕に義理立てする程度の反応だ。


「ギリ、こっちの2人は――」


「学園探偵セリア・ノーレントと、銀髪エルフのリーシャ・ミスティリア。この学園に通ってりゃわざわざ紹介の必要はねえだろ」


「それは確かに。失礼したね」


 手のひらを見せてひらひらと振る。


「1つ質問させてほしいのだよ」


 セリアの言葉にギリが顔を上げた。


「話を聞く限り、キミがロジーの依頼を受けてから情報を集めるまでざっと3時間ほどと推測できる。7年前の事件の情報にしてはさすがに早すぎるのだよ。キミはいったいどんな手品を使ったのだ?」


 三白眼で睨んだギリが、数秒の間を空けてから嘲笑うように鼻を鳴らす。


「おいおい冗談だろ、情報屋が情報の集め方を教えるとでも思ってんのか」


「それは理解している……しているが、ボクは何としてでも父の汚名をそそがなければならないのだよ。この件に詳しい筋を知っているなら――」


「ンなの俺の知ったこっちゃねえな。ノーレントっていやちょっと前まで立派な貴族様だったろ、欲しいもんがあるなら金でもコネでも使って手に入れりゃいい」


 ぞわ、と背筋に嫌な感覚が走る。

 そんな気配の元がどこかなんて、もはや確認するまでも無かった。 


「……ノーレント家などとっくに没落しているのだよ」


 どこか自嘲するように言ったセリアがゆらりと顎を上げる。


「婿養子だった父が無実の罪で処刑された後、祖父母と母は謂れなき中傷に晒され王都を出ていった。きっと名前を変えてどこかの領で隠遁生活を送っていることだろう。今やノーレントを名乗っているのはボクだけだ」


 なぜセリアだけがこの街に留まっているか、その理由は聞かずとも分かる。

 ぐいぐいと袖を引っ張るリーシャに、分かっていると目配せした。


「ギリ、実は僕も気になっていたところなんだ。情報は鮮度が命、早く集まるに越したことは無い。けど、今回の件はさすがに異常だ」


 口元を尖らせたギリは何度か虚空に視線を滑らせ、ガシガシと頭を掻いた。


「……ちっ。ロジー、あんたにはデカい借りがある。だが情報元について教えるのだけはダメだ。そいつをやっちまったら、俺を信用して情報を流してくれた筋に迷惑がかかる」


 至極もっともな言葉に感心する。


「俺が喋るのは依頼を受けた情報までだ。いくら積もうが拷問されようが、それ以上はねえ」


「……なるほど、筋が通ってる。残念だけどこれは君の負けだね、セリア」


 言いながらセリアの頭を撫でる。


「そんなことボクにだって分かっている!」


 振り払われるのと同時に、レモングラスの香りが鼻孔をくすぐる。


「……慰めは必要無いのだよ」


「いや、それは全ての手を尽くした後でするよ。だからこれは慰めなんかじゃない」


 キッとこちらを睨むセリアの眉間にデコピンを入れる。


「それじゃあギリ、追加の依頼だ。僕をキミの情報筋に会わせてほしい」


 懐から金貨を1枚取り出してテーブルに置く。


「は? いや、だからそれが無理だとさっきから――」


「そこを交渉するのが君の仕事だ。会うのは僕1人、互いに顔を見せず、普段とは違う場所で、これ以降君を介さず接触しない、質問の数に制限をかける……こんな感じでルールを設けて、何とか会える場をセッティングしてくれ」


 もう1枚、金貨をテーブルに置く。


「おい、やめてくれ。そんな提案をするだけでも立派な裏切り行為だ。情報屋は何かと敵が多くて警戒心が強い、あんたなら分かんだろ?」


「頼むよギリ。今回の件、僕には“パッチワーカー”に繋がる糸口が隠されているように思えてならないんだ。君たちには絶対に迷惑をかけない」


 3枚目の金貨をテーブルに置く。

 ギリの頬が軽く痙攣していた。


「……ダメだ。さすがのあんたでも会わせられねえ」


「会わせられない、か。ならこうしよう」


 今度は硬貨ではなく、チェーンを通した2つのリングをギリの眼前にかざす。


「君も魔導学園の生徒の端くれだ。これが何かは分かるでしょ?」


 見開かれた目が質問に対する答えを物語っていた。


「そう、指にはめた人間の魔力を記憶して、対になったリングの持ち主同士で会話ができるSランク魔導具だ」


「ろ、ロジー!? これ、カリーナさんから借りていたものですよね。まさか、持ってきちゃったんですか!?」


 慌てふためくリーシャに違う違うと首を振る。


「あれはもうとっくに返したよ。これは学園の備品だ。必要になるかもしれないと思って、ルクルにお願いして特別に貸し出してもらったんだ」


「おいおいおい、ちょっと待て! ンな簡単に借りられるもんじゃねえだろ! こいつを売り捌くだけでいったいいくらになると思ってんだ!」


「そう、だからこれは僕が君を信頼しているという証だ。人質ならぬ物質ってやつだね。ギリはこれを身に着けてから情報元のところまで行って、僕と相手の中継役になってほしい。直接の交渉は僕がしよう」


 ギリが頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

 そして、はっと何かに気づいたように顔を上げ、名案を思いついたと言わんばかりの表情で僕を見た。


「いや、悪ィがそいつはできねえ」


「ふーん、なぜ?」


「忘れたか? ラランの人間はまともに魔導具を扱えねえ。俺がこんなSランク魔導具なんて使えると思ってんのか?」


「うん、君は使えるでしょ?」


 何でもないことのように言うとギリの表情が固まる。


「ロメリア魔導学園における特待生の評価基準は、どれだけ魔導具に適性があるか、そしてどれだけ戦闘技術に秀でているかだ。僕は前者、クリスティーナが後者だね」


 ギリを真っ直ぐ指差す。


「今までの行動や反応を見る限り、君はクリスティーナほど強くない。であれば、ララン出身で金も後ろ盾も無い君が特待生に選ばれる理由はただ1つ、魔導具に高い適性を持っていたからだ」


 どう? と首を傾げると、ギリの顔から笑みが失われた。


「決まりだね。それじゃあ頼んだよ」


 疲れ果てた表情で頷いたギリは、リングと金貨3枚をポケットに入れるのだった。

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