第44話 動き出す影②

 さて、情報を引き出そうにも地面で痙攣してる方は無理そうだ。

 というか、あれは果たして大丈夫なのだろうか。前世で言うスタンガンを食らったところでああはならないはずだ。


「まあ、いいか。こんなもの持ち歩いてるくらいだから、どうせお尋ね者だろうしね」


 黒いコートの下には目視できるだけで8本もの短剣。

 この調子なら袖口や靴の裏にも数多くの暗器が仕込まれていることだろう。

 見るからに雇われただけの殺し屋だ。ろくな情報を引き出せそうもない。

 セリアに怪我が無くてよかった。

 本当に。


「となれば、リーシャの捕まえている方に話を聞くしかないか」


「この男はどうする」


「とりあえず縛って転がしておけば問題無いよ。その辺に短剣でもバラまいておけば誰かが衛兵を呼んでくるでしょ」


 改めて男を見下ろす。

 背丈は僕らの相対した男とそう変わらない。どこにでもいそうな30代くらいの男。種族は人間。

 念のためエルザに聞いてみたところ見覚えは無し。

 狙われる理由についても当然心当たりは無いようだった。


「……」


 喉の奥に小骨が刺さったような不快感。

 どこかに見落としがある、というわけではない。

 既に推論を立てられるだけのピースは揃っているはずなんだ。

 ただ、可能性の枝葉を剪定できるほどの確証が無い。


「エルザさん、ひとまず僕たちと一緒に来てください。まだ安全と決まったわけじゃないですから」


「……こいつら、いったい何者なの?」


「それを今から確かめに行くんですよ」


 エルザの家に戻ると、僕はとんでもないものを目にする。


「リーシャ!? 何があったの!?」


 男を取り押さえていたはずのリーシャが、あらぬ方向を睨みながら一人佇んでいた。 

 声を荒げた僕に気づくと、一拍遅れてその表情に影を落とす。


「ごめんなさい、逃げられちゃいました」


 心底悔しそうに呟いたリーシャの手が真っ白になっていた。

 震える手をそっと握る。


「リーシャが無事ならいいよ。もともと相手が格上だったのは分かっていたことだしね」


「それでも、ロジーが作ってくれたせっかくのチャンスを、私――」


「大丈夫、誰にだって失敗はある。それよりも、あの男がどうやって逃げたか教えてよ。素人目に見ても関節はしっかり固まってたし、どう足掻いても抜け出せる状態じゃなかったように思うけど」


 ふう、とリーシャが嘆息する。


「自分で肩を外したんです。何の躊躇も無く、呻き声1つ上げずに」


 まるで嫌な感触を思い出すようにその手を見た。


「……なるほど、今まで戦ってきた連中にそこまでやるやつはいなかったからね。そもそもの実戦経験が違いすぎるんだ」


「それもそうなんですが、単純に技量として劣っているだけじゃなくて……えっと、何と言いますか、その……」


「覚悟?」


「そう、それです! 何としてでも逃げ延びなきゃっていう強い意志を感じました」


 強い意志、ねえ。

 明らかに普通じゃない人間が2人がかりで一般人を襲う――そこに強い意志が絡むとなればますます意味が分からない。


「リーシャ、一応確認なんだけど、あの2人は最初からエルザさんを狙っていたってことで間違いない? 戦闘についての感覚は僕よりも君の方が正確だ」


「……そうですね。私たちのことも敵とみなしていたようですが、セリアさんがエルザさんを逃がした時に焦っていたような印象を受けました」


 やっぱりそうか。

 リーシャがそう言うなら間違いない。


 つまり、僕らはたまたま居合わせただけのイレギュラーだ。

 だったら、僕らがいなかったらどうなっていた?


「エルザさん、戦闘訓練を受けた経験は?」


「学園で護身術を習ったくらいだけど、それは戦闘訓練って言わないわよね?」


「言いませんね。ということは、僕らがいなければ誘拐かあるいは――いや、セリアが倒した男の持ち物からして、確実に殺されていたと見るべきでしょう」


「どうして私が!?」


 そう、“なぜ”だ。

 それを知る男がこの場にいない以上、答えは出てこない。


「なら、ボクが捕らえたもう1人に話を聞けばいいのだよ。逃げた男にこだわる必要は何も――」


「それができたら苦労はしない。あいつはただ金で雇われただけの殺し屋だ。標的を狙う理由なんて聞かされちゃいないだろう」


「……ロジー、説明の過程を飛ばすのはキミの悪いクセなのだよ」


 これは失礼、と肩を竦めてみせる。


「君が倒した男は屋外待機、つまりは後詰だ。逃げた方の男が万が一にもしくじった場合の保険ってわけだね。根拠は明白、そうでなければ僕らは二手に分かれる暇も無く挟み撃ちに遭っていた」


「そういえば……」


「2人も必要無いからって理由もあるかもしれないけど、そもそも狙う相手の家に予定外の人物がいた時点で、一度合流してから作戦を立て直すこともできたはずだ。それをしなかったということは、僕らを舐めてかかったか、2人にそこまでの信頼関係が無かったからだ」


「こじつけと言えなくも無いが……まあ、筋は通っているのだよ」


「うん、話していたら何となく情報が整理できてきた。ちょっとこのまま話に付き合ってよ。場所は……そうだな、例のバーなんてどう?」

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