第45話 動き出す影③
地面でのたうち回っていた男を衛兵に預け、僕らはダイニングバー『アネモネの夜』を訪れていた。
「ロジー、あの男を引き渡してよかったのか? キミの言う通り、仮に金で雇われただけだったとしても、何かしらの情報を引き出せる可能性はあったはずなのだよ」
セリアの言にも一理ある。
「男が持っていた短剣を見たけど、きちんと手入れされていたもののかなり年季が入っていた。男自身も若くないとなれば、殺し屋稼業に就いてそこそこ長いと予想できる。簡単に口を割るとも思えない」
かける手間に対して実入りが少ないと分かっているのなら、さっさと王都へ引き渡して僕らの心証を良くしておいた方が後のためになる。
それに、聴取の結果を聞く方法なんていくらでもあるわけだしね。
「……あの一瞬でそこまで見て、そこまで考えていたのか。キミは」
「一目で相手の本質を見抜くのは占い師の基本スキルだよ。獲物を探すにしろ、品定めをするにしろ、とにかく情報を得ないことには僕らは仕事ができないからね」
「詐欺師、の間違いだろう」
「まあ、そうとも言うね」
鶏肉の香草焼きを切り分けて頬張る。
ほんのりと効いた塩とスパイスの加減が絶妙だ。
「エルザさんは大丈夫でしょうか。また狙われでもしたら、今度はきっと……」
リーシャはそう言いながら肩を落とし、表情を曇らせて下を向く。
だいぶ前に配膳された料理は手付かずのままだった。
「襲われる理由が見えないのが不気味だね。重大な機密を握っているとか、誰かに恨まれているとかなら次を警戒できるけど、それすらも分からないわけだし」
「はい、心配です」
結局、エルザは王都の紹介でしばらく安全な場所へ身を置くことになった。
一国民としては破格の待遇――つまり、エルザは国にとって保護すべき対象ということだ。
研究職に就いていると見た僕の推理はあながち間違っていなかったのだろう。
「話を戻すが、情報の整理がついたのだろう? 聞かせてほしいのだよ、キミの推理を」
セリアがスープを掬っていた木のスプーンを置く。
こちらを見ていたマスターに合図して、演奏されていた音楽を少し賑やかなものに変えてもらった。
「7年前の事件のことを話すのに、そこまでの警戒が必要なのか?」
「まあ、無警戒よりはマシってことで」
肩を竦めて一息吐く。
「それじゃあ、まずは結論から」
そう前置きすると、セリアの喉が動く。
「――セリアの父親、アレク・ノーレントは無実だ。本物の“パッチワーカー”は今も王都のどこかで生きていて、なぜか僕たちのことを見ている」
バン、という音に周囲の注目が集まる。
一瞬鳴り止んだ音楽が再開するまで、バーには気まずい沈黙が漂っていた。
「セリア、座って」
恐怖、驚愕、憎悪、怒り――様々な感情の入り混じった表情で、セリアは焦点の定まらない瞳を虚空に向けていた。
「セリア、座るんだ。君がここで周囲に当たり散らしたとしても、“パッチワーカー”を捕まえられるわけじゃない」
「……分かっているのだよ」
セリアはすとんと腰を落とすと、両手で顔を覆いながら1つ深呼吸をする。
それが終わった後には、いつもの感情の薄い顔に戻っていた。
「すまなかった、続けてほしいのだよ」
「本当に大丈夫?」
「ああ」
当たり散らしても意味が無いと言った手前、僕はその言葉を否定することができなかった。
少し心配になりつつも、セリアに頷き返して口を開く。
「そう推理した根拠はエルザさんを襲った2人組の男の存在だ」
「えっ、エルザさんのお話ではなくてですか?」
リーシャがストローハットの下から疑問の目を向ける。
「もちろんそれもある。けど、1人の証言から物事を判断するのは早計だよ」
首を傾げるリーシャに人差し指を立ててみせた。
「もしもの話をしよう。リーシャ、僕らがあの場にいなかったらエルザさんはどうなっていた?」
「えっと、考えたくはないですけど……殺すことが目的だったなら、間違いなく殺されていたでしょうね」
「そう、そこで僕は考えた。僕らがあの場に居合わせた理由、そしてエルザさんを助けることができた理由をね」
「偶然じゃない、ってことですか?」
「そこがポイントだ」
立てていた指をもう一本増やす。
「答えは“完全な偶然”だよ。僕たちやエルザさんはもちろん、あの男たちでさえも予想できなかったんだからね」
「その偶然がどうすればパパの無実に繋がるのだよ」
「最初にもしもの話をするっていったはずだよ。考えてみて? もしセリアの決心が1日……いや、半日でも遅かったら。もし僕の情報屋が今日の昼に住所の書かれた紙を持ってこなかったら。もしこの紙に書かれた住所の順番が違っていたら。さあ、どうなる?」
「キミはさっきから何を言っているのだよ。結果は全てエルザ・レリクスが殺され、ボクらが遅れてそこに行く。ただそれだけの――」
そこまで言って言葉を切ったセリアがあんぐりと口を開け、僕は口角をつり上げる。
唯一話を理解できていないリーシャは、頭上に疑問符を浮かべていた。
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