第36話 依頼②
「ボクは嘘などついていない! 正真正銘、今の言葉こそが真実なのだよ!」
「復讐が全て、ってやつ?」
「そう、なのだよ。ボクはこれまでも、そしてこれからも復讐のために――」
「君のクセは“饒舌”だね。嘘をつこうとすればするほど普段より口数が増えていく」
中断していた食事の手を進める。
スープから掬った具を口に入れると、さすがにもう生温くなってしまっていた。
「ん、ふう。本当に復讐だけが目的ならこんな学園に通っていない、違う?」
「証拠を探す魔導具の知見を深めるにはここが一番なのだよ、だから――」
「けど、時間が経てば経つほど君が探そうとしている証拠はこの世から失われて――」
「当時7歳だったボクに何ができるというのだ。最初はパパの遺してくれた魔導具だってまともに扱えなかった。そんなボクが事件の真相を追おうと思えば――」
「それこそ、この学園である必要は無い」
「そんなことは分かっているっ!」
セリアが叫びながらテーブルを叩くと、ただでさえ集まっていた視線がさらに向けられる。
「それは本音みたいだね」
スープに軽くパンをひたしてから齧る。
あわあわと助けを求めるような視線を向けていたリーシャに、放っておけと手を振った。
「セリア、答え合わせをしよう」
背もたれに身体を投げだすと足の方から木の軋む音が聞こえた。
「僕が君に求めた言葉は、復讐に殉じる気高い娘の決意表明じゃないんだ。それは“正義”みたいな誰かの定義した概念からくる言葉であって、“セリア・ノーレント”から発せられる言葉じゃないからね」
あっ、と口元を押さえたのはリーシャだった。
心当たりのある何かがあったらしい。
「リーシャは僕の言いたいことが分かったみたいだね。そう、君の前でも一度やって見せたはずだよ。そして、彼女は僕に思いの丈をぶちまけた」
「……クリスティーナ、か」
すぐに思い至ったのだろう。
また一段と表情を曇らせながら、セリアは絞り出すようにそう言った。
そういうこと、と鼻を鳴らしてから首を傾げてみせる。
「僕は嘘偽りのない剥き出しの感情に尊敬の念を抱く。だって、僕には到底真似できないことだからだ」
「……それは、キミが詐欺師だから?」
「そうかも。いつそんな感情を失くしたのかも忘れちゃったけどね」
くすりと笑ったリーシャを不思議に思い横目に見る。
ごほん、と咳ばらいを一つして、セリアを真っ直ぐ見据えた。
「さて、例の一件で君を利用した借りをここで返そう」
最後にもう一度だけ聞くよ、と続けて両肘をテーブルについて顔の前で手を組む。
「セリア・ノーレント――君が本当にやりたいことは、なに?」
「本当にやりたいこと……」
深紅の双眸が僕を見る。
薄く笑みを作った口元から、その願いは零れ落ちた。
「ボクは、世の中の不正を暴く人間になりたい。パパのような人間に」
それを口にして、セリアは憑き物が落ちたように微笑んだ。
そんな簡単なことにも気づけなかった自分を笑うように。
「よしっ」
パン、と手を叩いて両腕を伸ばす。
頭の片隅に残っていた眠気が深呼吸と共に抜けていった。
「復讐の先に何かがあるならそれでいい、僕は君の依頼を受けるよ。報酬は君の残りの人生の代わりに……まあ、当座のお金ってところかな」
そう言った僕にセリアが驚いたような顔を向ける。
その理由には何となく察しがついた。
「キミは復讐を否定しないのだな」
「復讐でしか解決できない問題をこれまでいくつも見てきたってだけだよ。必ずしも無意味とは言えない、それが僕の出した答えだ」
ただ、と付け加えると、セリアが無意識に佇まいを直していた。
「僕のことは――そう、往くべき道を示すだけの占い師だと思ってほしい。最終的にどの道を選ぶかは君次第だってこと、忘れちゃダメだよ?」
人は自分で選んだ道でさえ後悔するものだ。
ましてや他人の意思に任せて決めた道なんて、上手くいかなければ後悔してもしきれない。
願わくは、彼女の選択がより良い未来を掴むものであるように。
「安心してくださいセリアさん。突き放すようなことを言っていても、いざ道を踏み外しそうになったらきちんと止めてくれるのがロジーなんですよ」
ニコニコと嬉しそうに言うリーシャに頭を抱える。
図星を突かれたわけでもないのに、全身がむず痒くなるほどの気恥ずかしさのような感覚があった。
「さあセリアさん。ご飯が冷めちゃいますから、このまま一緒に食べましょう!」
「え、あ、ああ。そう、だな」
ぴったりと密着するほどに肩を寄せてくるリーシャに、セリアが微かに頬を染めていた。
紆余曲折あったものの、ここまでは大方予想通りの展開か。
さて、10年近く前の冤罪事件を暴くとなると骨も折れそうだけど、これを解決できれば金銭難もしばらくは大丈夫だろう。
ちまちまアルバイトで稼ぐのは性に合わないと思っていたところだし、状況はいい方向に動いている……と、思うことにしよう。
内ポケットの紙片の感触を確かめて、思考の枝葉を広げていく。
――さあ、まずは何から始めるかな。
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