第37話 追想①

 放課後、僕とリーシャ、そしてセリアの3人は外出を申請してから学外へ出た。

 やたらと長い正門までの道を通るのは久しぶりだったため、この学園の無駄を改めて実感する。

 もちろん侵入者迎撃用と思われる仕掛けをいくつも見たが、それにしても限度というものがあるだろう。

 特に、ここ以外の出入り口を知っている身からすれば——


「ロジー? どうかしたんですか?」


「いや、別に。久しぶりの外出だからちょっと浮ついててね」


「ふふっ、そうですね」


 そう言って笑ったリーシャは、くるくると回りながら僕の正面にやってきた。

 リーシャは機嫌が良いとこうしてよく回る。

 ストローハットのおかげで人目を気にしなくていいからか、学園にいる時よりものびのびやっているような気さえした。


「ボクはお邪魔だったかな」


 呆れ半分、微笑ましさ半分といった様子のセリアが皮肉るように言う。


「そんなことありません! 放課後に女の子のお友達と学校の外へ遊びに行く……実は密かに憧れてたんですよ、私!」


 夢が叶っちゃいました、と今度はセリアの前まで回っていってその手を握る。

 ああ、分かるよセリア。

 リーシャのそういう屈託のない笑顔を見ちゃうとさ、どんなに恥ずかしくても振り払えないんだよね。


 助けを求めるようにこちらを向くセリアから目を逸らし、頭の後ろで手を組みながら口笛を吹く。

 最終的には指を絡ませて手をつなぐ、いわゆる恋人繋ぎの状態に落ち着いていた。

 僕は助けないよ、セリア。

 せいぜいドキドキ体験を楽しむといい。


「ところでリーシャ、ルクルやクリスティーナたちとは遊びに行ったことはないの?」


「あ、えっと、ルクルちゃんとユーリちゃんは特別なことが無い限り外出できないらしくて」


 リーシャが眉尻を下げながら少し寂しそうに言う。

 まあ、名家のお嬢様ともなれば当然か。


「クリスちゃんは、その……」


「……ああ」


 別にお金を使うだけが遊びじゃないだろうに――と思いつつも、この2人の組み合わせではどのように遊べばいいかすら分かっていないという可能性もある。

 これは早急に普通の友達を作ってやる必要があるな。


「む?」


 ちら、とセリアに視線を移したところで目が合った。


「……まあ、適材適所って言葉があるからね」


「よく分からないが、何かとても失礼なことを言われた気がするのだよ」


「ん? 気のせい気のせい。リーシャの遊び相手になってくれてありがとうって言ったんだ」


「ふん、どのみちキミが目的を忘れていることに変わりはないのだよ。ボクらは街へ遊びにきたわけではなく――」


「聞き込みにきた、ですよね?」


 うんうん、としたり顔で頷くセリアの腕にリーシャが絡みついていた。

 セリアのやつ、意外と慣れるの早いんだな。


「そんなことは分かってるよ。僕だって当て所なく歩いていたわけじゃない」


「何?」


 ジャケットの内ポケットから紙片を取り出してセリアに手渡す。

 上から下に視線を滑らせるセリアが、驚きのあまりその目を剥いたのはほんの数秒後のことだった。


「なっ、これは……!」


「そう、“パッチワーカー”の犠牲になった被害者遺族の現住所だ。ひとまず5人分集めてもらった」


「ちょっと待つのだよ、キミに依頼をしたのは今日の昼のはず。まさか、キミは――」


「セリアさん」


 にやにやと嫌な笑みを浮かべたリーシャがセリアの口元に指をあてた。

 リーシャのやつ、そんな気遣いは必要無いのに。


「ごほん、今日はこのうちの2,3人から話を聞き出すのが目的だ。住所的に近いところからあたって行こう」


「2,3人? 全員ではないのか?」


「全員が全員、話を聞かせてくれると思う?」


 ただでさえ10年近く前の事件なんだ。

 事が事だけに、昔を思い出したくないという遺族も多いだろう。

 今さら掘り返されることを良く思わないことだってあるかもしれない。


「そこを心配するならボクの部屋へ来るといい、当時からの記録がほとんどある。わざわざ関係者にあたらずとも――」


「もちろんそれも見せてもらうよ。ただ、僕が知りたいのは事件についてどう思ったかっていう“人の感情”だ。それは大抵、抽象的なものとして記録には残されないものだからね」


 そうでしょ? と首を傾げると、セリアは居心地が悪そうに目を逸らした。


「……だったらボクは、やはりこの聞き込みには邪魔かもしれないな」


「どうしてですか?」


 至極当然の質問のように、リーシャがセリアに問いかけた。


「なぜって……ボクは犯人として処刑された人間の娘だ。遺された者から見れば……」


「でも、セリアさんのお父さんは、その……ぱ、ぱっつん?」


「“パッチワーカー”ね」


「そう! その“パッチワーカー”じゃないんですよね? だったらそれを説明して、昔のことを教えてくださいってお願いすればいいんじゃないですか?」


「信じてもらえるはずがないのだよ。現にパパは、証拠によって罪が確定して裁かれた。今さら――」


「家族に起きた出来事を知りたいと思うのに時間は関係無いよ。それはきっとこれから話す人たちも一緒だ。まずは僕に対してそうしたように、君がどうしたいのか伝えてみるといい」


 チャンスは5回もあるわけだしね、と歯を見せて笑うと、セリアは僕を睨むように目を細めた。


「……まったく、あれは予行演習だったというわけか」


「さあ、何のことやら」


 肩を竦めつつ、一軒の家の前で足を止める。


 ――ここだ。


 全13組、計39人の犠牲者のうち最初に殺された3人の中の1人。

 一度だけ振り返りセリアに頷いて見せる。

 数秒の後、セリアが意を決したように頷き返すのを確認してから、手を伸ばしドアノッカーに指をかけた。

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