第35話 依頼①

「ふあ……ぁぁ」


 翌日の授業中、あくびを噛み殺していると脇腹を突かれた。


「ロジー、また夜更かししたんですか?」


 隣の席に座っていたリーシャが小声で話しかけてくる。

 半目を擦りながら頷くと呆れたような溜息が返ってきた。


「せめて教科書くらいは出した方が……」


「では次を、ロジー・ミスティリア。読んでみなさい」


 言わんこっちゃないと机を近づけようとしたリーシャに首を振って見せる。

 今は攻撃型の魔導具を使った自衛手段の授業、進行度は確か――


「バトン型魔導具のメリットは、効果範囲が極めて限定的なため魔力を込めれば即座に使用可能な点である。法執行組織などで使用される“スペルブレイク”がバトン型で製作されているのは、その優れた展開スピードにより迅速な制圧が行えるためだ――」


「よろしい。非接触型は対象と距離が離れていても効果を発揮できますが、展開の遅さと狙いが外れた場合の不確実性を考慮するとまだまだ発展途上にあると言えます。つまり、確実に身を守るためには接触型の魔導具を持ち歩くべきでしょう」


 そこまで話したところで時計塔から鐘の音が鳴る。

 時間通り、といった様子で頷いた教師が授業の終了を告げ教室を出ていった。

 ようやく昼休みだ。早いところご飯を食べて少し寝るとしよう。


 立ち上がったところで、唖然とした様子でこちらを見ていたリーシャと目が合う。


「どうしたの? お昼行かない?」


「いえ、そうではなくてですね……あの、教科書はどこに隠し持っていたのかなって思って」


「教科書? ああ、それなら部屋に置いてあるよ。もう持ち歩く必要は無いからね」


「えっ、あれ? さっき普通に音読してませんでした?」


「うん、だって全部覚えちゃったから」


 はあ、と分かったんだか分かってないんだか曖昧な返事をして、リーシャは立ち上がり僕の横を歩き始めた。

 ところで、と口を開いたリーシャが僕を見る。


「最近深夜に学園を抜け出してる生徒がいるって噂を聞いたんですけど、それってロジーのことじゃないですよね?」


「要塞みたいなこの学園で門限破り? まさか、さすがの僕でもそんなことはできない……っとと」


 目つきの悪いスポーツ刈りの男子生徒がすれ違いざまに肩をぶつけていった。


「ちょっと待ったリーシャ、あいつはいいんだよ」


 今にも背中から襲い掛かりそうなリーシャの腕を掴んで引き擦るように歩く。

 何度か瞬きを繰り返した後、不服そうな顔で僕を見ていた。


 ローブの内ポケットにさっきまでは無かった紙片の感触がある。

 ギリのやつ、さすがに早すぎないか?

 頼んだのは今朝のはずなのに、さてはあいつ授業そっちのけで情報を集めていたな。


「機会があったら紹介するよ。なんて言うか、ちょっと気難しいやつだから」


「お友達、ですか?」


「まあそんなところかな」


 ビジネス相手、とも言うけどね。


 そんな話をしているうちに食堂へ到着した。

 当然と言えば当然だけど、この時間帯はとにかく人が多い。

 本来は食事のトレーを持ったまま座れる場所を彷徨い歩くことになるわけだけど、こと僕らに限ってはその心配はない。


 生徒たちでごった返す食堂にぽつんと空白を作っている1テーブル。

 人目を憚るように設置されたその席は、いつの間にか僕らの指定席になっていた。


「ちょっと複雑な気分ですね」


 あはは、と困ったように笑うリーシャに肩を上げて同意する。

 とはいえ、遠巻きに眺められるだけで実害が無いというのは予想の何倍もマシだった。

 ルクルと関わるようになったから、というのが大きな理由だろう。


「ロジー?」


 と、正面に座ったリーシャが真っ直ぐこちらを見ていた。


「え、何?」


「いえ、何だか周りを気にしているようだったので、どうしてかなって」


「……そう見えた?」


「はい」


 睡眠不足のせいで自制心が弱まってるな、と実感する。

 やっぱり睡眠時間の確保は何よりも大切だ。


「何でもないよ。ただ、どっちに決めたのか気になってさ」


「どっち? あっ」


「そう、今僕の背後に立ってるセリアがね」


 まあ座りなよ、とスープを啜りながら促す。

 と、食事のトレーを持ったセリアは、数秒の間を空けてリーシャの隣に座った。

 ばつが悪そうに目を合わせず、かといって食事に口をつけるでもなく、セリアは唇を噛んだまま下を向いている。


「あの……」


 何かを言いたそうにわたわたと手を動かしては口を噤んでいたリーシャが、ついにセリアの顔を覗き込んでそう言った。


「こうしてちゃんとお話しするのは初めてですよね。私、リーシャ・ミスティリアといいます。この前は力を貸してくれて、ありがとうございました」


「あ、ああ。セリア・ノーレントだ」


 互いに恐る恐るといった様子で握手を交わす2人に思わず頬が緩む。

 もういいだろう、と食事の手を止めてセリアを見据えた。


「それで、一晩考えてどうするか決めたんでしょ? だから君はここに来た」


「……そうだ」


「だったら聞かせてよ、君の答えを」


 ふう、と一息。

 胸に手を当て、少しの間目を閉じていたセリアは、その深紅の瞳で真っ直ぐに僕を見据えた。


「ボクは、誰かのために不正を暴き続けたパパの名誉を守りたい」


 だが、と続けて目を細める。


「それ以上に、パパに連続殺人犯の汚名を着せたやつに復讐がしたい。何も悪いことをしていないパパが処刑されて、そいつが今ものうのうと生きていることが許せないのだよ」


 復讐、という単語でセリアの声色が揺れた。

 感情が高ぶった証拠だ。無理もない。


「そのために……ロジー・ミスティリア、キミの力を借りたい。もし協力してくれるなら、その後のボクの人生は全てキミに捧げる。ボクにとってはパパの復讐を遂げることが全てだっ、だから――」


「いいや、お断りだね」


「……ぇ」


 か細い声を漏らしたセリアに鼻を鳴らす。

 期待外れだ、と暗にそう告げるように。


「他人の過去を暴く趣味は無いと言ったけど、他人の嘘を暴くのは好きなんだ。そして、君の言葉には嘘があった。だからそのお願いは引き受けられない、他を当たってよ」

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