第9話 イマジナリー・ファントム③
そこからはしばらく他愛のない会話が続く。
主な話題はお互いの身の上について。
ローゼスは代々占いを生業とする両親の元に生まれた次男で、家業を継ぐ長男ばかりが持て囃される環境から早々に逃げ出した――という設定になっている。
家族がいない、という境遇はそれだけで憐みの対象となりやすいし、そこにお家事情が絡めばより効果的だ。
根掘り葉掘り聞かれにくく、同情を引くことにより相手の心を開かせやすくもする。
まさに一挙両得の設定だ。
ルクルはといえば、案の定甘やかされて育った典型的な箱入り娘だった。
ただし、クーデターを起こされかけたどこぞの領主とは違い、身分に能力が伴っている稀有な例。
自分が特別であること、そしてその特別という立場をどのように使えばいいかをよく心得ている。
耳の長さから見てエルフの血は濃い部類か。
そう、ネックなのはそこだ。
セイラン教の教えはエルフが源流だとベイに聞いた通り、エルフの名家だというグレンドレック家も相当熱を上げて信奉しているようだ。
ルクルを篭絡したところで、祖父の方が反対する可能性もあるだろう。
とはいえ、話を聞く限りルクルを溺愛しているようだから、彼女が強く出てくれればどうにか五分に持ち込むくらいはできるはずだ。
入学試験が公正に行われさえすれば後はどうにでもなる。
つまり、僕の頑張り次第というわけだ。
「どうかしましたの?」
「うん? ああいや、何か強い気配を感じてさ」
そろそろかな、と思い食堂の入り口付近を眺めていると、ルクルが不思議そうに僕の目線の先を追う。
と、そこにタイミング良くお目当ての人物が現れた。
「あら、あれはハーグレイブ先生と……っ、銀髪の、エルフ……!」
リーシャの姿に敵意を隠そうともしないルクルに、僕は密かに嘆息する。
思ったよりも根が深い。
別に銀髪エルフに何をされたわけでもないはずなのに、性格を形成する幼少のうちから災厄の象徴だと教え込まれれば、その思想は深層意識にまで潜り込む。
ベイの言う通り、もはや理屈ではなくなってしまうんだ。
「本当にこの世に存在したんですのね、汚らわしい」
吐き捨てるように言うルクルに反論しかける。
開いた口を隠すように手で覆い、一度深呼吸をしてからゆっくりと言葉を飲み込んだ。
激情に任せて行動すればこれまでの努力が全て無駄になる。
落ち着け、僕の目的を思い出せ。
「ローゼス?」
「……そこからハーグレイブ卿の顔、見える?」
「え? ええ、見えますわよ」
ここからではかなり遠いものの、レナードが眉をひそめているくらいは見ることができる。
そこから読み取れる感情は不愉快、不快感だ。
「先生があのようなお顔をされるのは珍しいですわね。授業では少し厳しいですが、いつもは気さくで紳士な方ですから」
「ということは、もう疑う余地は無いかな」
「疑う?」
「あのハーグレイブ卿があんなに警戒してるなんて、よっぽどのことだよ」
はっと息を飲むルクル。
もちろんレナードはそんなものを警戒してるわけじゃない。
単に生徒たちがリーシャへ向ける奇異の視線に不快感を示しているだけだ。
「ローゼス、先生が銀髪のエルフと何か話してますわ」
「待って、何か分かるかもしれない」
少し声のボリュームを上げて言い、僕はリーシャとレナードに手のひらを向ける。
と、そこでリーシャと目が合う。
さあ、僕の意図に気づいてくれるか。
「……やっぱり、僕らと同じく誰かを探してるみたいだ」
「あのエルフ……こちらを見ていますわ」
「うん、君の身を案じて――っ、何かを感じ取った。大急ぎでここを出ていくみたいだよ」
「ちょっとローゼス、そんな素振り全く――」
苦笑していたルクルがその表情を驚愕に歪める。
少し遅れて、リーシャがレナードの腕を掴み引き摺るようにして走り出したのだ。
さすがはリーシャ。
僕に意識を向けてくれてると思ってたよ。
「ど、どうして先生たちがここを出ていくとっ!?」
興奮気味に顔を寄せてくるルクルをなだめる。
「占いは目に見えないものを見て、聞こえないものを聞くんだ。それは未来だったり、人の心の声だったりね」
そう言ってウィンクすると、ルクルのツリ目がちな飴色の瞳が大きく見開かれる。
「……では、わたくしの心の声も聞こえますの?」
試すように言うルクルを真正面から見据える。
その間およそ5秒ほど、僕は目を閉じて肩をすくめてみせた。
「ふふっ、安心なさって? 別に疑っているわけではありませんわ。ただ、心の中まで全部覗かれてしまっては、きっと嫌われてしまうと不安に思っただけですの」
「そこは心配しなくても大丈夫」
言いながら立ち上がり、空になったティーポットを掴んだ。
「お茶のおかわりをお持ちしますので少々お待ちくださいませ、お嬢様?」
ルクルは再びの驚愕の顔。
今度は口まで半開きで、何とも言えないマヌケ面だ。
僕を試す直前、彼女は一瞬だけ視線をポットに向けていた。
つまりはそういうことだ。
これで信頼は十分に勝ち取れたことだろう。
さあ、次は怪人の出番だ。
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