第3話 潜入、ロメリア魔導学園①

 レナードに連れられしばらく歩き、城の前で屋根付きの馬車へ乗り込んだ。


 実用性よりは装飾に重きを置いた車体は、どこからどう見ても貴族御用達の高級仕様だ。

 籠を引く馬にもどことなく気品がある。


 ……かなりの頻度で忘れるけど、レナードも一応は貴族なんだっけ。


 とはいえ、これまで乗った馬車と乗り心地はそう変わらない。

 せいぜい舗装された道を走っている分、不意な揺れが無い程度。


 街中でさほど速度も出さないから、観光気分で乗るには最適だろう。

 大きな都市がよほど珍しいのか、リーシャはずっと窓の外に釘付けだった。


「大人だって初めての王都は物珍しさにはしゃぐもんだが、お前は本当に淡白なのな」


 僕とリーシャを見比べ、呆れたように言うレナードに肩を竦めてみせる。

 こういう街並みは映画の中でしか見たことないけど、生憎こっちは高層ビルが森みたいに立ち並ぶ大都会出身なもので。


「今は目の前の問題を片づけなきゃ、観光は全部終わった後でもできるからね」


「可愛げのねえ」


 そう言ってレナードが鼻を鳴らす。


「まあね、それはリーシャの担当だから」


 完全に外の景色に気を取られているリーシャの無防備な背筋に、つつと指を走らせる。


「わひゃあっ!?」


「ほら、可愛げある」


 特に意味の無いセクハラに襲われたリーシャがその場で飛び上がるように驚いた。


「もう! 何するんですか!」


 ぷりぷり怒りながらぽかぽか叩いてくるリーシャを宥める。

 そうこうしつつリーシャの可愛さに頬を緩ませていると、僕らを乗せた馬車は王都ロメリアの中層に来ていた。


 やがて馬車が停まったのは巨大な鉄製の門の正面。

 この辺りでは一番大きな学校ということで、てっきり重要施設と同じ中心部にあるものと思っていたけれど……なるほど、中層にあるのも納得だ。


 この広大さでは城の近くに置くわけにはいかない。

 というより、敷地だけならこちらの方が大きいんじゃないかという気さえする。


「なんだこの大きさ……」


 前世のものにたとえれば郊外にあるマンモス校のような様相だ。

 校門から校舎までいったい何十メートルあるんだろう。

 というか、校門すら無駄にでかい。


 いや、全寮制で普段は登下校に使わないからといって、ここまで広くする意味はあったんだろうか。


「ここに通ってるのはいわゆる金持ちの子息たちだからな、いざという時にはこの庭園が侵入者撃退用の防衛施設になるわけだ」


「なるほど……?」


 スケールが大きすぎて話についていけない。

 やけに静かだと思い隣を見ると、リーシャは案の定呆気に取られ口を開けたままフリーズしていた。


 これは下見しておいてよかったかな。

 当日にこれなら雰囲気にやられて受験にも悪影響が出たかもしれない。


「正面玄関まで馬車で行けるが、どうする? 歩いていくか?」


「リーシャを引きずっていくのも大変だし、馬車でお願い」


 苦笑したレナードに続き再び馬車に乗り込む。

 一人でに開いた門戸をくぐり、そこからさらに数分揺られることで正面玄関へ到着。

 大仰な装飾の施された3メートルはありそうな扉の向こうは、何と言うか――もっとすごかった。


 フロア全体に広がる赤絨毯は階段にまで隙間無く敷かれ、上りきった先には色彩豊かなステンドグラス。

 そして頭上には巨大なシャンデリアと、『贅の限りを尽くした』という表現がぴったりのエントランスだ。


 隣を見ればリーシャは案の定灰になっていた。

 あまりの情報量に思考が耐え切れなかったのだろう。

 無理もない、今まで森とカシアの街しか知らないリーシャにとって、ここはもはや別世界と言っていい。


 前世のインチキ占い師時代に成金の家に招かれたことがあったけど、それとは比較にならないほどだ。


「まったく、学校が聞いて呆れるね……」


「そうか? そりゃあ他と比べりゃちょっとは豪華だと思うが」


 それは君が普通の学校を知らないからだと思うよ、と心の中でツッコミを入れる。

 どこもこうなら捨て子なんかが大流行する世の中からとっくに脱してるよ。


 はあ、と一度溜息を吐いて思考をリセット。

 余計な情報はシャットアウトだ、今はやるべきことをやろう。


「悪いけど、僕はここから単独行動だ。レナードはリーシャを案内してあげて」


「は? いや、それは構わねえが……」


「そして、こいつを貸してもらわないとね」


 言いながら、リーシャの頭のストローハットをひょいと持ち上げ自分の頭に乗せる。

 これにはさすがに驚いたのか、正気を取り戻したリーシャが慌てて僕に詰め寄ってきた。


「ちょっ、ロジー! 何を――」


「嫌?」


 空色の瞳を真っ直ぐ見据えると、僕が考えなしにやっているわけではないと理解したのだろう。

 リーシャは狼狽えつつ、頭の帽子へと伸ばした手を所在なさげに中空に留めた。


「……おい、さすがにそいつは早えんじゃねえか?」


 そう、レナードの言葉も一理ある。

 周囲というよりリーシャの心の準備ができていないことを考えれば、これは荒療治に過ぎるというもの。


 しかし、それから少しの間逡巡したリーシャは、帽子に伸ばしかけた手をゆっくりと下ろす。

 驚いたように息を飲むレナードをよそに、僕は笑顔を浮かべながらリーシャの頭を撫でた。


「いいのか?」


「……ロジーのやることに文句でもあるんですか?」


「あれ、俺はむしろリーシャを庇った側にいたと思うんだが」


 睨みつけるリーシャと困惑するレナード。

 まさに水と油のような関係の2人を一緒に行かせることに不安はあるけれど、それが上手くはまってくれることを祈ろう。


 僕は僕で、やるべきことがあるからね。

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