第2話 聖騎士先生
さて、意識を変えるとは言ったものの、受験当日までに何ができるだろうか。
適当な事件を解決してリーシャの活躍の噂を流す?
いや、合否の裁量を握っている上の人間にまで届かせるには少し時間が足りない。
名声で言うならジオラス領のクーデターを頓挫させた時点で十分だ。
それでもなお旗色が悪いのは、恐らく実績のスケールが大きすぎるからだろう。
自分の信じたくないものはたとえ現実であっても受け入れないのが人間だ。
レナードのような確かな証人がいようと関係無い。
それを受け入れてしまうより、何かの間違いと否定する方が簡単だからだ。
「レナード、ちょっと聞きたいんだけど」
黙りこくった僕を不思議そうに眺めていたレナードに声をかける。
「突然何も言わなくなったと思えば今度は質問か?」
「考え事してたんだよ。で、銀髪のエルフってこの辺じゃどのくらい珍しいの?」
「なんだ藪から棒に。話としちゃずっと昔からあるらしいが、俺も実際に見たのはリーシャが初めてなくらいだ。少なくとも王都じゃ一度も見かけたことはねえな」
「その話って、銀髪エルフが何かやらかしたって内容?」
「いや? セイラン教の教えがおもしろおかしく脚色された程度の話だ。夜更かしすると銀髪エルフが攫いにくるぞ、みたいな」
教訓的な口頭伝承か。
ということは、基本は偏見だけがあるだけで実害を被った人間はいないわけだ。
とはいえ、前世で言えばエルフのようなお伽話の存在が現実にいるのと同義。
そいつを集団の一部に加えようとしているんだから、無用なトラブルを避けようと反対意見が挙がるのも納得できる。
「ちなみに、リーシャの入学に対しての賛成反対の割合とか分かったりする?」
「現状は賛成2、反対5、保留3ってところだな。賛成を過半数にして押し切らせるなら、保留の3割を全て抱き込んだうえで反対派の一部も寝返らせる必要がある」
「ギリギリだね」
「ギリギリか? 俺には不可能にしか思えねえが」
「その数字は1人あたり1の計算でしょ? 実際は人によって持ってる力の総量が違う。最終的なパワーバランスが反対派を上回ればいいだけなら、反対8でもない限りどうにかできる可能性はある」
「簡単に言うがな……お前、こうは考えねえのか? その反対派に発言力のあるやつがいるとかよ」
「いるの?」
「いるんだよ。アルバート・グレンドレック子爵——元老院にも顔が効く爵位持ちの爺さんだ」
それは好都合、と僕は口角を上げる。
「……悪い顔してるぞ、今のお前」
まあね、と返し腕を組む。
「受験日を目前に控えた時点での保留は結局、その子爵の顔色を伺って白黒決めかねてる連中と考えていい。つまり、子爵さえ賛成に取り込んじゃえば保留のほとんどは賛成に変わる。ついでに反対派に一定数いるだろう金魚のフンも賛成に寝返るだろうから——」
勝負は僕らの勝ちだ。
「そりゃ理屈で言えばそうだろうがよ……」
「というわけでレナード、僕らを学園見学に連れていってほしい」
「は?」
「受験を控えた子供が学園を見学しにくるくらい普通だし、何より聖騎士でもある現役講師の関係者だ。それくらい簡単でしょ?」
レナードが瞬きを繰り返す。
「俺は一言でも講師だなんて言ったっけ、って顔だね」
「……相変わらず何なんだお前は、人の心でも読めるのか?」
「とんでもない。周囲の反応や君の言動から推測しただけだよ」
時折レナードに向けて会釈をする人がいる。
聖騎士だから、というには些か気安く、知人というにはやや距離感のある挨拶だった。
そして、こんな街中で子供と話しているというのに、奇異の目で見られることもない。
加えて学園内の事情に詳しすぎる点。
部下を入り込ませているだけでは、理事会の会議についての情報まで仕入れることはできないだろう。
これらの要素を組み合わせて考えれば答えは1つ。
レナード自身が学園の関係者であり、理事会には及ばないまでもかなり高位の内部情報を得られるくらいの立場にいること。
聖騎士という立場から考えれば歴史や作法の講師という可能性もあるけど……レナードのことだ、恐らくその辺の堅苦しい授業には不向きだろう。
「つまり、消去法でいけば剣の講師ってところかな。そうでしょ?」
呆れ半分、驚き半分といった様子でレナードが溜息した。
「はあ、いいだろう。着いてこい」
「そうこなくっちゃ」
あちこち走り回っては物珍しげに周囲を見ていたリーシャを呼び戻す。
「どこか行くんですか?」
「うん、学園見学にね」
「ええ!? そんな、いいんですか!?」
「他ならぬ先生がいいって言ってくれてるんだ。ね、先生?」
わけが分からないといった様子で僕とレナードを交互に見るリーシャ。
その手を取って、先導するように歩き出したレナードの背中を追いかけていく。
「おい、ところでロジー」
「うん?」
背中越しに僕へ視線を向けるレナード。
「あの時、俺の持ってるカードを言い当てたのはどんな手品だ?」
ああ、と言って苦笑する。
まだ根に持ってたのね。
「簡単さ、17枚のカード全部の位置を覚えてただけだよ」
「いや、覚えるも何も、シャッフルしてたよな」
「うん、だからシャッフルしても覚えてるんだって」
元々は22枚あるタロットカードでやっていたことだ。
それ以下の枚数のカードでできないはずがない。
「……もう二度とお前とギャンブルはやらん」
噛み締めるようにそう言って、煤けたような背中で先を歩くレナードだった。
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