第4話 潜入、ロメリア魔導学園②

 レナードがどこからか持ってきた来賓証のようなものを首から下げ準備完了。

 捨てられる寸前の子犬のような目で僕を見るリーシャに別れを告げ、作戦開始だ。


 全体図を見てみると、ロメリア魔導学園は中抜きされた四角形構造。

 僕らのいる正面玄関を起点に右半分が中等部、左半分が高等部といった具合に分かれている。

 こっちの世界にそういう呼び名があるかは分からないけど、いわゆる中高一貫校というやつだ。


 中央にはこれまた大きな時計塔が校舎を見下ろすように建っていて、廊下側のどこからでも時間を確認できる造りになっている。

 生徒が利用するエリアに足を踏み入れてみれば、意外にもしっかりとした機能美溢れるレイアウトで思わずほうと声が出た。


 無駄だらけの正面玄関はいわゆる外向けの顔。

 子供を入学させようと考えるお金持ちの親を引き込むための、いわば疑似餌のようなものだ。


「最初はどうしたものかと思ったけど、いざ歩いてみるとそんなに悪くないね」


 制服と思われる薄手のローブに身を包んだ生徒たちの顔も明るい。

 目が合った生徒に片っ端から手を振ってみる。

 にこやかに手を振り返してくれる者、楚々とお辞儀をする者、来賓証を見て案内を申し出る者と様々だ。


 生徒のほとんどがいいところのお坊ちゃんやお嬢様なためか、さすがに基本的な教育は行き届いていると実感する。

 純粋で純朴で世間知らずで、占いとかハマりそうだなあ……なんて、ふと顔を覗かせた邪悪な感情はひとまず心の奥底にしまっておいた。


「……ま、皆が皆そうなら話は早かったんだけどね」


 それまでの和やかな雰囲気から一転、張り詰めたような雰囲気を感じ僕は柱の陰に身を隠す。

 どうやらお目当ての人物が向こうから現れてくれたようだ。


 その生徒は2人の取り巻き女子を従え、何かを探すようにきょろきょろと周囲を見渡しながらこちらへ向かって歩いてくる。

 他の生徒は皆一様に目を合わせまいと下を向き、まるで嵐が通り過ぎるのを待つかのようにじっとしていた。


 僕は手に抱えていたリーシャの帽子を目深にかぶると、ほどよい距離を見計らって柱の陰から出る。

 案の定、その時はすぐに訪れた。


「そこのあなた、お待ちなさい」


 その自信に満ちた声に足を止めると、取り巻き女子2人が僕の逃げ道を塞ぐように背後へ回る。

 帽子は上げずにいるためお互い顔を見ることはできない。


「め、メルクルーク様――」


「お黙りなさいユーリ。わたくしはこの方とお話しているのです」


 メルクルークと呼ばれた少女が遮るように言う。

 どこか得意げで嗜虐的な声色、腰に手を当て胸を張るポーズ――あまりに予想通りの展開に、僕は思わず口の端をつり上げた。


 まあ、そうしたくなる気持ちも分かるというもの。

 探偵や正義の味方を気取るなら、追い詰めた犯人の名指しという最高の瞬間は、絶対に自分の手でと思わずにはいられない。


 それでも……いや、だからこそかな。


「……お友達の忠告は、素直に聞いておくべきだったね」


 そう小さく呟きつつ緩んだ心を引き締め、次の一手を打つべく口を開いた。


「僕に何か?」


「わたくし、とある噂を耳にしたのだけれど、あなたはご存知かしら?」


 かつかつと音を立てて少女が歩み寄ってくる。

 一目で高級と分かる、ややヒールの上がった編み上げブーツだ。


「……まあね、今日はその件で来たんだ」


 話を合わせるように言うと、少女はクスクスと嘲るように笑う。


「では、わたくしが今何を言いたいか、もうお分かりですわね?」


 不意に肩を押され、よろめきながら後ずさった。

 帽子だけは落とさないようしっかりと手で押さえる。


「銀の髪だなんて汚らわしいのよ、あなた。高潔なエルフの血脈に名を連ねる者として、あなたを軽蔑するわ」


 吐き捨てるようなその言葉に、僕は無意識のうちに奥歯を噛み締める。

 最悪の気分ではあったけど、これを言われたのが僕でよかったと心の底から思う。


「受験を控えてるんですってね、せいぜい頑張りなさいな。まあ、わたくしのお祖父様が理事会にいる限り、あなたの合格はありえないでしょうけど」


 そう言って高笑いする少女に当たりを確信する。

 眼前で勝ち誇る姿を鼻で笑いながら、僕は頭上のストローハットに手をかけた。


「ちょっと、何がおかしいんですの?」


「いやなに、きっとそんな性格のせいであんたは狙われるんだなと思っただけだよ」


「……っ、は、はあ? もしかして脅しているつもりですの? 私が誰か分かっていて――」


「脅しじゃなくて本当のことさ。言ったでしょ? 噂の件でここに来たって」


 言いながら帽子を脱ぎ去る。

 僕の姿など予想だにしていなかったのか、ツリ目がちな飴色の瞳が驚きに見開かれた。


 後ろから見ている取り巻きの彼女たちは、ずっと前から知っていたっていうのにね。


「そう、僕は銀髪エルフじゃない。ただの――占い師だ」


 仕掛けは完璧。

 後は結果をご覧ぜよ、ってね。


「月並みな言い方で悪いけど、君の身に危険が迫ってる。さてどうしようか、メルクルーク・グレンドレックさん?」

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