第55話 セカンドアプローチ①
屋敷の中へ招かれた僕らは手始めに服を奪われ、それから浴場に案内された。
意外、というほどでもない。
リーシャはともかく、僕は最初からボロ布を着ているようなみすぼらしい恰好だったし、そのうえ衛兵に殴られ体のあちこちも土で汚れている。
領主自らの決定とはいえ、そんな小汚い子供を屋敷に上げるとなればこのくらいの対応はあって然るべきだ。
「広すぎて逆に落ち着かない……」
ちょっとした銭湯くらいの広さだ。
天井は高く、口から湯を吐き出すライオンの像もある。
領内の経済状況はそこまで良くないという話だったけど、さすがは領主の屋敷といったところだろう。
あまり長居してもと思い、軽く汗を流したところで脱衣所へ戻ると、すまし顔のナタリアがタオルを手に立っていた。
よりによってこの人選なのか、と僕は頭を抱える。
しかし、僕の貞操の危機を他所に、ナタリアは驚くほど丁寧で敬意を感じさせる手つきで全身を拭いていく。
瞳孔は相変わらず開きっぱなし、かつ時折熱っぽい吐息を漏らすことはあっても、その所作は完璧に来客に対するそれだ。
さすがはプロ――と言いたいところだけど、何だか素直に褒めたくはない。
結局着替えまで手伝ってもらい、まともな格好になったところで屋敷の一室に案内された。
分厚い扉をくぐると、高そうな家具の数々や、見たこともない獣の剥製、さぞ高名な画家が描いたであろう絵画が目に飛び込んでくる。
客間にしては物が多い、応接室のような場所だろうか。
「あ、ロジー。ふふ、ずいぶんとゆっくりしていたんですね」
声のする方へ視線を向ける。
群青のドレスを身に纏ったリーシャがイスに座らされ、2人のメイドに髪を梳かれているところだった。
「そんなに長湯したつもりは……ああ、そうか」
そういえば、この世界で目覚めてから他人の入浴事情なんて気にしたことが無かった。
浴槽はあったものの、どちらかと言えば見栄えのためで、毎日のように入浴するという習慣は無いのだろう。
と、2人のメイドが心配そうな目を僕に向けていることに気づく。
ひらひら手を振って無事をアピールすると、安堵に満ちた溜め息を吐いていた。
「そのドレス、よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます。背中が開きすぎでちょっと恥ずかしいですけど」
リーシャはそう言って頬を染める。
たしかに、子供の背丈に合わせて仕立てられているはずが、背中側は大胆に開けられていていた。
「別の服にしてもらう?」
「いえ、これがいいです! その……に、似合ってるって言ってもらえたので」
おろした髪を二つ結びにしているリボンもドレスと同色の群青、銀色の髪とのコントラストがよく映える。
リーシャ自身の容姿も相まって似合わないはずがない。
「耳はどうするの? 隠すなら今からでも髪型を変えさせるけど」
ナタリアがそっと耳打ちをしてくる。
その言葉に、僕は小さく首を振った。
「その必要は無いよ。悪く言うやつがいれば、その時は領主をけしかけてやるつもりだから」
「……ふふ、ゾッコンね」
「そう、だから君とただならぬ関係にはなれないんだ。ごめんね」
「あら、それは残念」
とてもじゃないけど冗談に聞こえない。
ナタリアの脇腹に軽く肘を入れてから、僕はリーシャに歩み寄る。
「さあ、お手をどうぞ? お姫様」
そう言って手を差し伸べると、リーシャが僕を見上げる。
「……そのベストのせいでしょうか、ちょっと胡散臭い感じしますね」
「え、嘘」
「くすっ、冗談ですよ」
おかしそうに笑いながら、リーシャが僕の手を握って立ち上がる。
手の中にある硬い感触に頷くと、リーシャは小さく微笑んだ。
「よし、これで準備は整った」
「いよいよですね」
緊張してないと言えば嘘になる。
それでも、隣にリーシャがいてくれるのなら大丈夫だ。
今の僕は、1人じゃない。
「ナタリア、準備ができたと領主に伝えてくれ」
これから僕らは領に潜む秘密を暴く。
その影響がどんな形で現れるかは正直に言って分からない。
もしかしたら、これは誰かにとっての悪となるのだろう。
それでも、僕はやろうと思う。
単なる好奇心からではなく、かといって学費のためでもない。
僕自身がそうすべきだと思ったから。
だから、伝えに行こう。
グレース・M・ジオラスの遺した、最後の伝言を。
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