第56話 セカンドアプローチ②

「こちらでお待ちください」


 応接室を出た僕らが案内されたのは、2階まで吹き抜けになったパーティーでもできそうなほど広いホールのような部屋だ。

 天窓や2階の窓から差し込む日の光で広間全体が照らされ、白い壁紙も相まって清潔で明るい印象を受ける。


 正面の一段上がったところには豪奢なイス。

 いわゆる謁見の間も兼ねての造りだろう。

 テーブルやイスを運び込めば晩餐会もできそうだ。


「どどど、どうしましょう。私、緊張してきました……!」


 あわあわと落ち着きなく周囲を見渡すリーシャに笑いかける。


「僕が喋り、リーシャは喋ってる僕を守る。ほら、いつもやってることと大して変わらないでしょ?」


「それはそうですけど、うぅ……」


 ダメだ、完全に雰囲気に呑まれてしまっている。

 少しでも気が紛れるならとこっそり肩を寄せ、リーシャの手を握った。


 こういう場所は無駄に広く、無駄に豪華にすることで、訪れた人間に心理的圧力をかける意味もある。

 リーシャはその術中に完全にはまってしまったというわけだ。


 まあ無理もない。

 人は目の前の人ではなく、その人に付随する肩書だけで恐れたり見下したりできる生き物だ。

 相手が権力者ともなれば感じるプレッシャーは相当なものだろう。


「考えてもみなって。始めて出会ったあの日、僕らは王都の聖騎士相手に立ち回ったんだよ? リーシャは剣まで抜こうとしてね。この状況だってさして変わらないと思わない?」


「それは……」


「気負う必要は無いよ。リーシャはいつも通り、僕に迫る危険を排除してくれればそれでいい。頼んだよ」


 返事の代わりに力強く握り返される手。

 少し冷たいその手に体温を分けるように、僕も負けないくらいに強く握り返した。


 しばらくそのままで待っていると、檀上脇の扉が開きジオラスが姿を見せる。

 僕が膝をついて頭を下げると、リーシャもそれに続いた。


「すみません、お待たせしてしまいましたか」


「いえ、僕たちについてはお気になさらず」


「それはよかった。どうか楽にしてください。私はあなた方を食客として迎えると言ったはずです」


 そう言ってジオラスは頭を上げるよう促す。

 素直に従って立ち上がると、同じく膝をついていた宰相アランと目が合った。


 この広間にはジオラス、アラン、そして僕とリーシャの4人だけ。

 ⋯⋯のように見えるけど、どうせ姿が見えないだけで護衛が何人か潜んでいることだろう。


 もちろん部屋の外にも近衛兵やメイドが待機しているはずだ。

 仮にバイオレンスな展開になったとしたら、無事に逃げ出すのは絶望的と考えていい。


「それでは、聞かせてくれないかな、ロジー。母上の言葉を」


「ええ、もちろんです」


 1つ大きく深呼吸をする。

 肺を満たした新鮮な空気がスイッチとなったかのように、脳が緩やかに回転を始めた。


「まず手始めに、グレース・M・ジオラス様について1点お尋ねします」


 その瞬間、空気がひりつく。

 いきなり踏み込んではならない領域に踏み込もうとしているのが、感覚で何となく分かった。


「亡くなられてますよね、1ヶ月ほど前に」


 宰相アランの眉が上がる。


「それは先ほど否定しましたよ。母上は遠方の地で療養中だと——」


「果たして本当にそうでしょうか」


「⋯⋯何が言いたいのかね?」


 ここでアランが口を開いた。

 恐らくはジオラスに余計なことを言わせないためだ。


「それならあなたに伺いましょう、宰相アラン。グレース様はどこで療養されているのですか?」


「それをお主に教える必要性を感じんな。どうしても知りたければ、お得意の占いとやらで当ててみてはどうですかな?」


 嘲笑するように言うアランに僕は笑顔で頷く。


「無理ですね」


 僕が即答すると、アランはさぞおかしそうに口元をおさえて笑いだす。


「はっはっ、いや失礼。聞きましたかなジオラス様、やはりこの者たちはインチキですぞ。早々に追い返して——」


「それを決められるのはジオラス様です、あなたではない」


 アランの鋭い視線が飛んでくる。

 その目を受けて、僕は顎でジオラスを示した。


「⋯⋯ロジー、あなたがそう思う根拠を教えてもらえないだろうか」


「分かりました。まずはそれに付随する3つの不可解な出来事についてお話ししましょう」


 襟元を緩め、ポケットに片手を突っ込む。


「まず1つ目。グレース様が消えたにも関わらず、その噂が周囲へ広まるのがあまりに遅すぎたという点」


「消えていないのだから当然ではないか」


 何をバカなことを、とでも言いたげなアランを僕は指差す。


「消えていないのだとしたら、どうして最近になって突然グレース様失踪の噂が流行り出したのでしょうね。グレース様が遠方へ病気療養へ行くことを下の人間に伝えていたのなら、噂はそもそも流行らないのでは?」


「グレース様は影響力のあるお方、体調を崩されたとなれば民の不安に繋がる。だから一部の信頼できる人間にのみ伝えていた」


「なるほど、それはおかしいですね」


「何がおかしい」


「それこそ噂はすぐにでも広まると思いますよ。現領主の母親が行方不明ともなれば一大事でしょう」


「ジオラス様の配下は職務に忠実だ。おいそれと内部の情報を漏らしたりはせん」


 その言葉に、僕は指を2本立ててみせる。


「何だそれは」


「2日です」


「だから何の話だと聞いている」


「僕が流した“とある要人が行方不明”という噂が、“グレース様が行方不明”という噂に変わるまでの日数ですよ。残念ですが、職務に忠実な配下とは過大評価にすぎましたね」


 にっこりと笑う僕に、アランは初めて敵意を込めた眼差しを向ける。


 ここでようやく僕を敵と認識したようだ。

 随分と遅かったね。


「噂が流れるまでのタイムラグの原因——ジオラス様が消えた日、他にも消えたものがあったんじゃないですか? たとえば、そう。グレース様と特に親しかった3人のメイドとか、ね」

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