第54話 ファーストコンタクト④

 衛兵に案内され、僕らは馬車へと乗り込む。

 当初はジオラスが自身の馬車へ乗るよう強く勧めたものの、宰相アランの猛反対を受け、メイド用の馬車で領主の屋敷へ向かうこととなった。


 まあ、それはそれで好都合だ。

 ジオラスには僕を神聖視してもらわなければ困る。

 馬車の中で普通の人と同じように会話しようものなら、その特別感はたちまち薄れてしまうだろう。


 僕が客との関係を維持するコツは、占いの時以外は極力会うのを避けること。

 どれだけ親身に接しても、親しい存在になってはいけない。

 大切なのは占い師が特別だと認識させ続け、ある種の上下関係のようなものを構築することだ。


「……ところで」


 僕は耳にかかる熱っぽい吐息にうんざりしつつ身じろぎする。


「これから食客になろうって人間にこの扱いはどうなんだろう」


「あっはは……」


 正面で引きつった笑みを浮かべるリーシャは僕よりだいぶ目線が低い。

 いや、違う。

 僕の目線が高いんだ。


 この馬車は4人乗り、そして元々乗っていたメイドは3人。

 そこに僕ら2人が乗り込むと、つまりはこういうことになる。


「……お姉さん、さっき僕が言ったこと覚えてる?」


「はあ、はあ。ええ、だから私は後者を選ぶことにしたわ。はあ。この欲求は捨てられないけど、はあ、彼のことは心から愛しているから」


 背後から聞こえる吐息過多の囁くような声に、僕は思わず目元を押さえ嘆息した。


 そう、僕は例のメイドの膝の上に座らされている。

 服越しに伝わる体温が心地良くもあり、そしてそれ以上に気持ち悪い。


 安全の名目でガッチリと腰がホールドされて身動きが取れず、背中には2つの豊かなエアバッグが押しつけられ、耳には常に息が吹きかけられている。

 いいのかジオラス、とんでもない危険人物が従者に紛れ込んでるぞ。


「これ、もう秘密にできてないんじゃ……」


 言いながら2人のメイドに視線を向けると、ばつが悪そうに目を逸らされる。

 うん、さっき心配して周り見てたけどその必要は無いみたいだね。


「まあいいや。ところでお姉さん、1つ聞いてもいい?」


 少し顔を上げて背後のメイドに話しかける。


「ナタリアよ」


「じゃあナタリア、君が……いや、君たちがジオラスに対して不信感を持ってるのはなぜ?」


 ナタリアを除く2人のメイドの呼吸が止まる。

 今回は単純なカマかけだったけど、図星か。


「こういう子なのよ、2人とも慣れてね」


 ナタリアはそう言って僕の頭を撫でる。


「すごい、やっぱり占い師っていうのは本当なんですね……」


「気をつけないと、秘密にしておきたいことまで知られちゃうわよ」


「いえ、メイド長のアレは……」


「はい、秘密というか周知の事実というか……」


 ほう、メイド長。

 つまりメイドの長というわけか。


「えっ」


 驚きのあまり思わず声が漏れる。

 いいのかジオラス、このメイド長そう遠くない未来に捕まるぞ。


「……ごほん、やっぱりあの噂が原因? ほら、衛兵たちの間で広まってる一斉解雇とかいうやつ」


 気を取り直して問いかけると、3人は揃って首を振る。


「それは別に。だって私たちは領主の専属メイドだもの。経歴的にはエリートの部類だから、クビにされたところで次の勤め先くらいすぐに見つかるわ」


 うんうん、とナタリア以外の2人も遅れて頷く。


 なるほどね。

 淡白でドライで現実的だけど、それもまた1つの真実だ。

 メイドの全てが主人に対して敬意を払っているわけでもなければ、仕事に対して誇りを持っているわけでもない。


 自身のキャリアを気にする者、給料が見合わず転職を考える者、貴族と接点を持つための踏み台としか見ていない者。

 魔法ありメイドありのファンタジーな世界であっても、元いた世界と変わらない現実がここにある。


 まあ、だからこそ僕みたいな詐欺師が力を発揮できるんだけどね。


「問題はあのエールスって男が無能なことよ」


「ぶふっ」


 ナタリアの言葉に正面のリーシャが吹き出す。

 唾がちょっと顔に飛んできた。


「グレース様がおられた時はグレース様の言いなり、グレース様が一線を引いてからは宰相アランの言いなり。貴族のお坊ちゃんにありがちなこととはいえ、見ててイライラするのよね」


 ナタリアはそう言いながら、どこからか取り出したハンカチで僕の顔を拭う。

 何だかちょっといい匂いがした。


「ご、ごめんなさいロジーっ。私、つい……!」


「いいよいいよ、僕も予想してなければ吹いてたかもしれないし」


 さっき少しだけやり取りをしてみて、何となくそうじゃないかとは思っていた。

 けど、まさかそれが直接の原因だったとは。


「ちょ、メイド長! お客様の前でそれはさすがに……」


「この子は別よ、私たちが黙っていたところですぐに気がつくわ。ね、占い師のロジーくん?」


 含みのある言い方に引っかかりを覚える。


「……ナタリア、君は」


「おっと、そろそろお屋敷に着くわ。名残惜しいけど、抱っこもここで終わりね」


 腰のホールドが解かれる。


「それじゃあね、2人とも。何を企んでるのか知らないけど、成功することを祈ってるわ」


 ナタリアはそう言って再び僕の頭を撫でた。

 やっぱりだ、彼女は僕がインチキ占い師だと気づいている。


 歪んだ性癖はともかく、人を見る目は本物だ。

 ともすれば、若くしてメイド長という肩書きを持っていることにも納得がいく。


 やがて馬車が止まり、仕事モードに切り替わった3人のメイドに連れられ、僕らはジオラス領主の屋敷へと足を踏み入れたのだった。


 ……それにしても別人みたいな雰囲気だな、ナタリアは。

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