第48話 消えたものたち④

 僕らの真の目的を伝えてから5分ほど経った頃だろうか。

 ミカは所在無さげに漂わせていた視線をある一点で止め、何かを思い返すかのように目を閉じた。


「あのティーセット、やっぱりアンナさんのものだったんですね」


「……本当に不思議、まるで心の中を見透かされてるみたい」


 はあ、と嘆息したミカは腕を上げて大きく伸びをする。


「あれを見てたら久しぶりにアンナさんに会いたくなっちゃった。きっと今日もいないだろうけど、部屋の前に行くだけならいいわよね」


 ミカはそう言って僕に目配せすると廊下へ歩き出す。

 着いてこい、そういうことだろう。


「行くよ、リーシャ」


「……ありがとうございます」


「え?」


 不意にお礼を言ったリーシャの方を向くと、そこには誰もいない。

 あれ? と思った時には手を握られ、前へ引っ張られた後だった。


 やがて僕らは2階の一角を訪れる。

 正面の部屋に割り振られた番号は207号室。


 床や扉の様子からこの部屋がしばらく使われていないことが分かる。

 ノブに手をかけ引いてみるも扉には当然のように鍵がかけられていた。


「それで、どうするの?」


 ミカが言う。

 そういえば管理人がいるという話だったから、もう一度アンナの関係者を装って接触し、中に入れてもらうという方法もある。


 けれど、それは最終手段にしておこう。


「リーシャ、この鍵って魔法的なもので開けられたりする?」


「開けるとなると難しいですね。こういった鍵には魔法で干渉できないような加工がされてるんです」


 なるほど、魔法が一般に普及してる世界ならではというところか。


「つまり魔法じゃなきゃ可能ってこと?」


「え、はい。魔法でドアそのものを破壊したり、物理的に蹴破ったりはできます……って、何やってるんですか?」


 それはいいことを聞いた。

 鍵まで魔導具だったらお手上げだったところだ。


 僕は身に着けていたヘアピンを折り曲げて鍵穴に突っ込む。

 少しでも少女っぽく見せるために使っていた小道具がこんなところで役に立つとは思わなかった。


「こんな前時代的なウォード錠、仕組みさえ分かってれば一瞬で――ほら、開いた」


 ガチャリと音を立ててピンが回る。


「よし、入るよリーシャ」


「……ロジー」


「うん?」


 リーシャが心配そうな顔でこちらを見ている。

 隣には驚きのあまり口を開けているミカがいた。


「そのスキル、絶っ対に悪用しないでくださいね」


「しないよ……」


 多分。

 きっと、恐らく。


「あ、そうそう。ミカさんはどうしますか?」


「え、私?」


「引き返すなら今ですよ。一緒に入ってしまったら僕たちを見逃したのと同じですから、問題になった時に言い逃れできなくなります」


「それは……」


「あなたに迷惑をかけたくない。だから僕は、あなたにはここで引き返してほしいと思っています」


 部外者を中に入れたことは騙されていただけだと言えばどうとでもなる。

 部屋に案内したことも、僕らが勝手に着いてきたことにすればまあ言い逃れは可能だろう。


 けれど、不正な鍵開けを黙認し、あまつさえ一緒に中へ入ってしまえば自身の職務を放棄したとみなされてもおかしくない。

 最悪、解雇のうえ処罰されることもありえるだろう。


「……分かった、あなたの言う通りにするわ」


 それでいい。

 変な正義感に駆られて身を滅ぼすことだけは避けてほしかった。


「あ、でもね、えっと……ほら、一応女性の部屋だから……」


「配慮します。よほどのことが無い限り、その辺はリーシャが」


「はい、任せてください!」


 頷くミカをその場に残し、僕とリーシャは2人で部屋へと入った。


 室内は長いこと締め切られていたせいか酷く蒸し暑い。

 埃臭いものの特に異臭もしないため、部屋のどこかで既に事切れているという最悪の展開は避けられたようだ。

 というか、もしもそうならもっと早くに発覚しているか。


「リーシャ、これ見て」


「メイドさんの靴ですね」


 何の変哲も無い、普通の黒い革靴だ。


「踵の減り方から見てそこそこ履いた形跡がある。でも、きちんと手入れされてるからまだ普通に履けるくらい綺麗だ。なのに、これがここにあるってことは――」


「いなくなったのは仕事中じゃない、ってことですか?」


「そうだね、そして別の可能性も見えてきた」


 中へ行こう、と続けてリーシャを先導する。


 まず目についたのはキッチン。

 ゴミも無ければ洗いかけの食器も無い。

 メイドだけあって自分の生活空間もきちんと片付けているようだ。


 念のため確認。

 蛇口の上に埃が積もっている。

 使われた形跡は無し。


「ロジー、トイレも埃が積もってる以外綺麗です」


「了解、次だ」


 部屋の奥へと進んでいく。

 7畳ほどの部屋にベッドと机とイス、そして脇には姿見とクローゼットがあった。


 カーテンは閉め切られていて薄暗い。

 埃っぽい以外には整理整頓が行き届いていて、非常に几帳面な印象を受ける。


「リーシャはクローゼットをお願い、僕は机を」


「分かりました」


「あ、服の畳み方とかしまい方とか、おかしなところが無いかも見てね」


 手分けして部屋の調査を行う。

 さて、僕の方はアレがあるといいんだけど。


 机の上にはペンスタンドとインク、デスクライトのような魔導具、そしてペーパーウエイト。

 ペン先は……おっと、かなり使いこまれてるな。

 これは期待できそうだ。


 机の1段目の引き出しを開ける。

 便せん、封筒、封蝋とひもがあった。


「……」


 2段目の引き出しには何も無い。

 3段目も同じく。


 そして4段目には木箱がしまわれていた。

 中身は大量の手紙だ。

 孤児院の管理者やそこの子供たち、孤児院があった街の人間がほとんどだった。


 そして僕は、その中から1枚の封筒を探り当て手に取る。

 紙の質感、手触りが明らかに他とは違う。


 裏返して送り主を見る。


「見つけた――」


 偶然か、それとも意図的に残していたのか。

 この際どっちでもいい。


 僕はこっそりとその1通を抜き出しカバンにしまうと、何事も無かったかのように木箱を引き出しに戻すのだった。

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