第47話 消えたものたち③

 僕らが通されたのは1階の廊下を抜けた先、数人が囲えるくらいのテーブルがある6畳ほどの部屋だ。


 食堂と言うには少し狭すぎるか。

 飲み物や軽食片手にお喋りを楽しむようなスペースだろう。


 棚には誰かの私物と思われるティーセットが見える。

 埃の積もり方から見てここ最近は使われていないようだ。


 もしかしたら、ナンのメモにあった3人のうちの誰かが使っていたものかもしれない。


「外は暑かったでしょ? 管理人さんに冷たいお茶もらってきたわ」


 しばらく座って待っていると衛兵の女性がトレーを片手に戻ってくる。

 インナーシャツとハーフパンツ姿で帯剣もしていない。


「……ありがとうございます」


 受け取ったグラスに少しだけ口をつけてテーブルに置く。

 隣を見れば、リーシャも僕に倣うようにそうしていた。


「えっと……」


 衛兵の女性はとりあえず中へ入れてみたものの、この先どうすればいいのか分からないといった様子だ。


 いきなり部屋へ行きたいと切り出してみるか?

 いや、たとえ関係者でもそれはできないと言われてしまえばそこまでだ。


 まあいい、時間はある。

 こうして長期戦に持ち込み気まずい思いをさせ続ければ、いずれ話題に困って向こうから提案してくることもあるだろう。

 何より、余計なことを喋らなければこっちもボロを出さずに済む。


 まあ、仮に僕らが無関係の人間だとバレたところで、彼女の性格的に危害を加えられたり領主に突き出されたりすることは無いはずだ。


 とはいえ、手掛かりからは大きく遠ざかる。

 警戒されてしまえば2度目のチャンスは無いと思っていい。


「2人とも、お名前は?」


 無難な質問だ。

 けれど、ここの反応次第で彼女がどれだけアンナと親しかったかが分かるかもしれない。


「私はローズ、こっちはサーシャです」


 ペコリとリーシャが軽くお辞儀する。

 いきなり偽名を名乗っても動揺しないあたりリーシャも慣れてきたものだ。


「そっか、私はミカ。よろしくね、ローズちゃん、サーシャちゃん」


 ミカはそう言って僕とリーシャの手を握った。


 手の皮は一部厚くなっているものの、腕や肩にかけて目立った傷が見られない。

 実戦経験は恐らく無し。

 こんなところで警備員みたいな仕事をしていることも鑑みると、新米兵士という認識で問題なさそうだ。


「ミカさんは、お姉ちゃんと仲が良かったの?」


 次の質問を考えているであろうミカに余計なことを聞かせないため、先手を取ってこちらから仕掛けた。


 さっき僕らの名前を聞いた時の反応で分かってる。

 答えはノーだ。


「うーん、どうだろう。たまに会ってちょっとお話するくらいだったかな」


 思った通り。

 身内の話をするくらい親密な仲なら、その名前に聞き覚えが無いか記憶を探ろうとするはずだ。


 ミカにはそうした動きは見られなかった。

 つまり、彼女にとって僕らの名前はさほど重要じゃないということ。

 名前を聞かされるほど親しくなかったということになる。


「でも、昔の話は少し聞いてたの。孤児院にいたこととか、グレース様に返しきれない恩があることとか」


「はい。お姉ちゃん、グレース様のこと大好きだったから……」


「……あ」


 そこで話は途切れ、しばらく無言の時間が続く。

 その間、僕らがお茶に口をつけることはなかった。


 冷えたグラスに大量の水滴がつき、テーブルを濡らしている。


「お姉ちゃん、いつ帰ってくるのかな……」


 頃合いを見てぽつりとそう呟く。

 ミカはもう慌てていなかった。


 その代わり、顔にあるのは罪悪感と悲哀の表情。

 アンナが行方不明であること、恐らくそう簡単には見つからないだろうことを知っているからだ。


 と、リーシャがグラスのお茶を一気に飲み干す。

 ふう、と一息吐き、席を立った。


「もう止めましょう、こんなこと」


「何を――」


 突然のことに面食らう僕とミカをよそに、リーシャは話を続ける。


「私、ミカさんを信じていいと思います。きちんと話せばきっと私たちの力になってくれますよ」


「……」


 時間にしてほんの数秒、逡巡する。

 果たして本当にそれでいいのか。


 考えられるリスクが頭の中をぐるぐる回る。

 とはいえ、こうなってしまった時点で後は逃げるかリーシャの言う通りにするかしかない。


 リーシャは僕を一瞥すると柔らかく微笑む。

 打算や駆け引きなんて関係ない、自分がこうと思った通りに行動する……か。

 大した度胸だよ、本当に。


「……はあ、分かった」


 そう言って僕もグラスをあおる。

 こういう時のリーシャの勘はバカにできない。

 ポーバッカの店での一件のように、危ない橋を渡りつつも僕のやり方より良い結果を出すこともある。


 信じてみるか。


「ミカさん、ごめんなさい。僕たち本当はアンナさんとは何の関係も無いんです。ここにはとある調査のために来ました」


「は、え? 調査?」


 目を白黒させるミカに僕は真面目な顔で頷いて見せる。


「現領主の母親、グレース・M・ジオラス。そしてグレースさんと特に親しかったという3人のメイド、テレサ、ニーナ、アンナ。彼女たちの失踪について調べています」


「ちょ、ちょっと待って! その3人はともかく、グレース様の方はただの噂じゃ――」


「では、ここ1ヵ月の間にグレースさんを見た人は?」


「それは……で、でも、本当に行方不明なら今ごろ大騒ぎに――」


「では、その場にいたら大騒ぎするであろう親しいメイドたちは今どこに?」


「……っ」


 ミカは眉根を寄せ、下を向いて押し黙る。


「もちろんまだ可能性の話です。でも、無視できない可能性だからこそ僕らはこうしてここへ来ました」


「あなたは、いったい……」


「僕はロジー、こっちは相棒のリーシャ。王都のハーグレイブ卿から依頼を受けてこの件を調査しています」


 ハーグレイブの名を聞いて驚いたように顔を上げるミカ。


「これは領主への裏切りになる、だから協力してほしいとは言いません。ただ、もしグレース・M・ジオラスと3人のメイドの失踪に少しでも思うところがあるのなら、ここに住んでいた3人の部屋へ案内してください。後は全てこちらの責任でやりますから」

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