第49話 消えたものたち⑤

「リーシャ、そっちはどう?」


 机の物色を終えた僕は、クローゼットに半分頭を突っ込んでいたリーシャに声をかける。


「特に手掛かりになりそうなものもなければ、怪しいところもないといった感じでしょうか……」


 ふむ。

 そんなことはないはずなんだけど。


「僕も見ていい?」


「はい、どうぞ」


 リーシャが隣を空けてくれる。

 並んで顔を突っ込むと、すぐに違和感を覚えた。


「メイド服が1セットしかない」


「え、それって仕事をしていない時にいなくなった証拠じゃないんですか? ほら、さっきの革靴もそうですし」


「だからこそおかしいんだよ。外で洗濯物を見たでしょ? エプロンなんかの汚れやすいものは皆スペアを持ってる、いつでも洗濯できるようにね」


「あっ! ……って、ちょっと待ってください。だったらあの革靴はどうなるんでしょう。もし仕事中にいなくなったのなら、あの革靴もここには無いはずですよね」


「そう、矛盾してる。というわけでリーシャ、ちょっと頼みが」


 僕はそう言ってクローゼット下の引き出しを指で示す。


「下着の枚数を数えてほしい。僕がやってもいいけど、一応ミカさんと約束したしね」


「枚数、ですか? 別にいいですけど……」


 怪訝そうな顔であっちを向けと手を振るリーシャ。

 僕の考えが正しければ、きっとおかしなことになってるはずだ。


「……えっ」


「どう? 少なかったんじゃない?」


 驚きの声を上げるリーシャの方に向き直ると、三角形の真っ赤な布が目に入る。


「ふああっ⁉ ま、まだこっち見ていいって言ってないですよ!」


「ごご、ごめんっ」


 慌てて体の向きを変える。

 几帳面で真面目そうな性格と思っていたのに、またずいぶんと情熱的な……いや、これ以上はよそう。


「……はい、もういいですよ」


「で、結果は?」


 疲れたように嘆息するリーシャに対し、僕はあくまで平静を装う。

 だって事故だし、仕方ないよね。


「たしかにロジーの言う通りでした。3枚しか入っていません」


 やっぱりそうか。

 となれば――


「決まりだね。彼女は自分の意思で行方を眩ませた。それも、かなり慌ただしかったようだ」


 首を傾げるリーシャを玄関へ連れ出す。

 そして黒い革靴を指差した。


「まずアンナさんは仕事から帰ると一番に革靴を脱ぎ普通の靴に履き替えた。なぜか、それは走るのに適さない靴だからだ」


「そうですね、硬い靴だとすごく走りにくいです」


 続いてキッチンへ足を向ける。


「次はキッチン。食器は全て片付いていることから、最後に部屋を訪れた際に食事はしなかったということになる」


「乾燥台はあるのに食器は全て棚の中……はい、その通りだと思います」


 こくりと首を縦に振るリーシャに頷き返し、再び部屋の奥へ戻ってくる。


「最後に部屋へ。カーテンを締め切った後、生活するのに困らない程度の着替えと貴重品を持ち出し、慌てて部屋を後にした」


 アクセサリーや貴金属など、ぱっとお金に替えられそうなものは何一つこの部屋に無い。

 アンナさんがそういうものに興味を持っていなかった可能性はあれど、少なくとも1つか2つは持っていてもおかしくない。


「そして、着替えたにしろ着たままだったにしろ、この部屋にメイド服が1セットしか無いのは今後も必要になるからと彼女が持ち出したから。だとしたら、普通は革靴も一緒に持っていくと思わない?」


「だからアンナさんが慌てていたと?」


「もちろん状況から見た推測でしかないけどね。ただ1つ確実に言えるのは、彼女は今もどこかで生きているということだ」


「だったら、アンナさんに連絡を取れれば!」


「そう。1ヶ月前、グレースさんに何があったのか。そして3人のメイドに何があったのかが分かる」


 彼女たちが見つかるかは正直言って分からない。

 ジオラス領を出られてしまっていてはお手上げだ。


 どこかに身を寄せられる場所は――


「私、分かりました!」


 突然リーシャが手を叩いて声を上げる。


「きっとアンナさんは孤児院にいますよ! あそこなら――」


「いや、それはない」


 リーシャには悪いけど、そこだけは絶対にありえないんだ。


「姿を隠そうとしてる人間が、わざわざ自分に繋がるような場所に身を寄せるはずがない。」


「あ……ご、ごめんなさい。よく考えてみれば、そうですね……」


 目に見えて落ち込むリーシャの肩を叩く。

 ついでに帽子越しに頭を撫でてやった。


「着想は悪くないよ。その調子で気づいたことがあったら何でも教えて、僕も助か……」


「ロジー?」


 言葉を切った僕を不思議に思ったのか、リーシャがそっと顔を寄せてくる。


 そう、身を寄せられるだけの理由か縁があり、手紙や孤児院といった繋がりからでは決して自分に辿り着けない場所。

 もしかしたら――


 気づけば僕は弾かれるように外へ飛び出していた。

 扉の前で待っていたミカが驚いたように僕を見る。


「ちょ、ロジーくん? どうしたの、そんなに慌てて……」


「ミカさん、ちょっと確認させて。アンナさんの外見は、背が高くて細身、髪は少し癖のあるブラウン、たれ目がちで瞳の色は髪と同じ。幼い頃に両親に捨てられて孤児になった。双子の姉か妹がいて、多分口減らしがその理由だ。違う?」


 捲し立てるように言うと、ミカは驚いたように目を見開く。

 その反応だけで十分だった。


「ロジー! 突然どうしたんですか!?」


 少し遅れて部屋から出てきたリーシャ。

 僕はその両肩を掴んで正面から見据える。


「リーシャ、着いてきてほしいところがある。もしかしたら空振りに終わるかもしれないけど、捨て置けない可能性の糸がずいぶんと前からすぐ目の前にあった」


「ええっ⁉ いや、それはもちろん構いませんけど、いったいどこへ……?」


「僕が……いや、ロジーが生まれ育った村だ」


 はあ、と口を開けてぽかんとするリーシャをよそに、僕はこの事件を終わらせるためのシナリオを描き始めるのだった。

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