第37話 カンサス街道へ②
眠い目を擦りながら大あくびを一つ。
座って寝たせいか、首やら肩やら体のあちこちがギシギシと軋んでいた。
ぐぎぎ、と変な声を出しながら体を伸ばす。
不意に指先を掠める天井に、僕は自分が馬車に乗っていたことを思い出した。
「……あれ」
馬車の中は静かなものだ。
揺れもせず、馬の蹄の音も車輪の音も聞こえない。
よくよく見てみればリーシャもカリーナもいなかった。
馬車から顔を出してみると強い日差しが目の奥を焼く。
目を細めつつ、既に天頂に近づきつつある太陽を見て、僕は今が昼前だということを悟った。
「カリーナのやつ、起こしてくれるって言ったのに……」
今回の目的は関税を取っている衛兵の会話を遠距離から盗み聞きすることだ。
必要なのはリーシャ、そしてモンスターや賊から彼女を守る護衛。
つまり、リーシャほどの耳の良さも無ければカリーナのように戦えるわけでもない僕は、正直出ていってもやることが無い。
だからというわけでもないだろうけど、こうして置き去りにされると少しばかり傷つく。
「休ませてやろうっていう気遣いなのは分かるけどね」
そんなことをぼやきながら馬車の外へ出る。
馬から離れてタバコをふかしていた丸鼻の御者は、僕に気づくと手を振った。
「ようロジー。起こすなって言われてたもんでな、悪く思うなよ」
「気にしないでください、僕の落ち度ですから。2人はどっちへ?」
あそこだ、とタバコの向けられた先を見やる。
ちょうど木々に隠れるような位置、布でできた敷物の上にリーシャとカリーナがいた。
「あ、そうそう。なるべくここに駐留していた痕跡を残したくないので、タバコの吸い殻は持ち帰ってくださいね。できれば馬の糞も少し離れた目立たないところに埋めてくれると助かります」
主道から外れているとはいえ、徴税中の衛兵が見える位置に陣取っていた証拠が見つかると、後々厄介なことになる可能性がある。
取り越し苦労上等だ、何も無いに越したことは無い。
「お、おう。分かった」
面食らった様子でそそくさと吸い殻を拾い始めた御者に軽く頭を下げ、2人のもとへ向かう。
10メートルほどの距離まで近づいたところでカリーナがこちらに気づいた。
「おはようロジー、よく眠れた?」
「……おかげさまでね」
不機嫌顔で不満をアピールするも、いたずらっぽい笑みで迎え撃たれる。
僕は小さく嘆息しながら敷物の上へ腰を下ろした。
「首尾は?」
「まだ何ともね。馬車の出入りが多いからか、真面目に仕事してるみたい」
「そっか。予想が外れたかな、関税のせいで馬車の数も減ったと思ってたんだけど」
交代制で1日中張っていると考えると、交代のタイミングは恐らく夜明けと日没。
馬車の数が少なければ暇を持て余した衛兵たちがおしゃべりを始めると予想してたけど、あてが外れたようだ。
「……次のチャンスは昼食時かな。多分何チームかに分けて食べるだろうから、そこに的を絞ろう」
ぽんぽん、とリーシャの肩を叩く。
「あ、ロジー。おはようございます、やっと起きたんですね」
僕の存在にも気づかないほど集中していたらしい。
こんなに離れた距離で目当ての会話だけを聞こうとしているんだ、それも当然か。
「リーシャもカリーナも酷いよ。起こしてくれてもよかったんじゃないの?」
「ロジーは頭脳労働担当ですから、いざという時に寝不足で頭が回らないんじゃ意味が無いってカリーナさんが」
「適材適所ってことよ」
ウインクを飛ばすカリーナに苦い顔を向ける。
僕らの様子を見ていたリーシャがくすくすと笑っていた。
「ごほん。リーシャ、連中が食事を始めたら教えるから、それまで休んでて」
「分かりました、ありがとうございます」
ふう、と一息ついて僕の背にもたれかかるリーシャ。
服越しに伝わる高めの体温と心地良い重みに心臓がドキリと跳ねた。
「……いかんいかん」
集中集中。
心頭滅却すれば火もまた涼し、ってね。
ここから衛兵のいるところまでそこそこ距離がある。
人の顔がギリギリ判別できる程度では読唇術も使えない。
視力を上げる魔法や魔導具は無いんだろうか、今度ロイにでも聞いてみよう。
「また馬車だ」
こうして見ている限り交通量はかなり多い。
商人はもちろんのこと、冒険者の一団や移住と思われる子供連れなど、顔触れは多岐に渡る。
ここには本当に様々な人間が訪れるんだな、なんてことを思いながら、僕は来るべきその時を待った。
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