第36話 カンサス街道へ①
「ほらリーシャ、ちゃんと目を開けて。あんまりふらふらすると頭ぶつけるから」
「……ロジー、私です、眠いんぬ、ふへへ」
カンサス街道遠征当日。
時刻は早朝、天気は快晴、同行者のコンディションは……最悪。
今日も深夜までカジノで働いていたから仕方ないとはいえ、言語すら怪しいのは相当キている証拠だ。
「もうちょっとだけ頑張ってよ、馬車に乗ったら寝てもいいから……」
「……んあぁ、あい」
肩を支えながら引きずるように歩く。
今さらだけど大丈夫かな、これ。
「あら、事を始める前からお疲れの様子ね」
待ち合わせ場所には今回の護衛役をお願いしたカリーナがいた。
僕らの姿を認めるなりおかしそうに笑う。
「昨日くらいは休ませてあげたかったんだけどね、店の仕事の方を疎かにするわけにもいかなかったから」
リーシャには少し酷だったかもしれないけど、ガイズに協力を頼んだ手前それが筋ってものだ。
「そういうあなたは大丈夫なの? 結構辛そうに見えるけど」
カリーナが僕の目尻を指でなぞりながら言う。
いつもなら振り払っているところだけど、今はそんな気力も無い。
「……まあね、正直言うと僕も結構キツい」
中途半端に寝るとリーシャのようになると思い、仕事が終わってから一睡もしていない。
子供の体になって不便になったのは、徹夜や短時間睡眠といった無理ができなくなったことだ。
「代わるわ。お嬢さんは馬車までおぶっていってあげるから、あなたは頑張って歩きなさい」
「助かる……」
リーシャをカリーナに預けると、一気に体が軽くなる。
ふわふわした気分になり自然とあくびが口をついた。
ああ、無性にエナジードリンクが飲みたい。
こっちの世界にもそういう効果のポーションがあったりしないんだろうか。
薬臭くて異様に甘ったるいあの味が今はただ懐かしい。
「……ジー、ロジー、しっかりしなさいって!」
カリーナに脛を蹴られびくりと意識を取り戻す。
思っていたよりまずいな、歩きながら一瞬寝ていたらしい。
「2人ともこんな調子なら、今日はやめておいた方がいいんじゃないの?」
「いや、こういうのは早いに越したことは無いよ。大丈夫、僕もリーシャも馬車の中で眠れば今日一日くらいならなんとかなる」
「本当に?」
「もちろん。リーシャだって、一度やるって決めたことをそう簡単に投げ出したりはしないよ」
カリーナの背中ですやすやと寝息を立てるリーシャに自然と顔がほころぶ。
最悪、リーシャが使い物にならなければ僕が何とかするつもりだ。
まだ情報が揃っているとは言えないものの、新しい情報を引き出すための呼び水に使うくらいは可能なはず。
「だったら馬車へ急ぎましょ、道端で寝られても困るわ」
「賛成。あ、途中市場でコーヒー買ってもいい? 向こうに着いたら眠気覚ましに飲もうと思って」
「子供のくせに、コーヒーなんて飲めるの?」
「僕はブラックでも大丈夫だけど、リーシャの方は牛乳と砂糖を多めに入れてもらうから。そのために水筒も2つ持ってきてる」
「ふふ、用意がいいのね」
そんな話をしながら眠気を紛らわせつつ市場へ。
市場はこれから出立するのであろう商人や冒険者が多く見られ、昼時とはまた違った活気に包まれていた。
すぐに目当てのコーヒーを手に入れると、今度は馬車を待たせている街はずれへと急いだ。
「あれだ」
途中何度かふらつきながらも僕らは馬車へ辿り着く。
御者の風貌はガイズに聞いていた通り、丸い鼻が特徴の人の好さそうなおじさんだった。
「あんたらがガイズの言ってた人だな、待ってたよ」
「ロジーです、今日はよろしくお願いします」
軽く挨拶をして手を握る。
ごつごつした大きな手だ。
ちょうど手綱の擦れる部分が他の皮膚と比べ硬くなっていた。
「カンサス街道手前までの往復で間違いないかい?」
「ええ、すみませんが向こうで3,4時間ほどか待っていてもらうことになります。実質今日一日貸し切りみたいなものですね」
「問題ねえ、事前に聞いてた通りだ。お代も先払いできっちりもらってるしな。さあ乗ってくれ、足元に気をつけてな」
軽く挨拶を交わした後に馬車へ乗り込む。
硬い座席に腰を下ろした途端どっぷりと疲労が込み上げてきた。
「……ごめんカリーナ、僕も限界」
「いいわ。着いたら起こしてあげるから、しっかり休むのよ」
頬に手が添えられ、頭を撫でられる。
子ども扱いされるのは不服だけど、不思議と安心するその感覚に身を委ねた。
気付いた時にはもう意識は暗い闇の底。
糸の切れた人形のように眠りに落ちた。
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