第35話 繋がる糸③

「ダメだ」


 カンサス街道はカシアの街から馬車で2時間ほどの距離にある。

 とてもじゃないけど歩いて行ける距離じゃない。


 だからガイズに馬車の手配を頼んだものの、にべもなく突き返されてしまった。


「だいたい子供2人でそんなところ行ってどうするつもりだ。いくら街道っつっても街から離れりゃモンスターも沸くし賊に襲われる可能性もある」


 ガイズの言い分ももっともだ。

 僕がガイズでも特に理由が無ければそんなところに子供だけで行かせない。


「ちょっとしたバイトみたいなものなんだけど……うーん」


「バイトだあ? お前ら2人でか?」


 正直に話すべきか考えていると、ちょんちょんと肩をつつかれる。


「私、ガイズさんにはきちんと話しておいた方がいいと思います」


「え?」


 珍しく自分の意見をはっきり告げるリーシャに少し面食らう。

 ただ、話すかどうかの判断は僕に任せているようで、それだけ言うと口を噤んで明後日の方向に視線を向けた。

 何か思うところでもあったのだろうか。


「……いや、そうか」


 半ば無意識のうちに、僕はこの件を自分の力だけで解決しなきゃいけないような気がしていた。

 もちろん極秘裏に事を進める必要があったという理由もあるけど、突き詰めて考えれば僕が人に頼ることを避けただけだ。


 少なくともガイズは信用できる。

 きっと僕らの力になってくれるし、情報を外に漏らすこともしないはずだ。


 だったら――


「はあ、あのロメリアの聖騎士様がわざわざ名指しでねえ……」


 部屋から持ってきた例の手紙を見せつつ現状の説明をすると、ガイズは眉をひそめてそんなことを呟く。


 僕とレナードの一件は入り口でのされたベイとロイはもちろん、『錆の旅団』メンバー全員の知るところとなっている。

 聖騎士の摘発から店を守った、なんて言われてるけど、実際はカードを覚えるイカサマを使って1万リチア巻き上げただけの話だ。


「だがよ、そこまで分かってんだったら後は別の人間に任せりゃいいんじゃねえか? 王都の人間が直接動けなくたって、その辺の冒険者でも雇えば済む話だろ」


「その冒険者の口から王都の名前が出たら大問題になるから僕に白羽の矢が立ったんでしょ。各領には基本的に不可侵でなきゃいけないらしいからね」


 もっとも、クーデターの疑惑があるとか、そういった問題でもあれば別なんだろうけど。


「そういうわけで力を貸してほしいんだけど、納得いってない顔だね」


「確かに俺も関税には悩まされてるが、こんな子供に頼らなきゃなんねえってのもな……あークソっ」


 事情は理解したけど僕らに任せっきりなのに抵抗がある、といったところか。

 まだ1ヵ月かそこらの短い付き合いだというのに、ここまで心配してくれるというのも何だかむず痒い。


「安心してよ、リーシャも一緒だから危ないことは絶対しない。今回だって遠くから様子を伺うだけだし」


「……仕方ねえ、分かった。お前のことだ、行くなって言ってもどうせ行くだろ。だったら信用できる御者を紹介してやった方がまだマシだ。ただし、料金は給料から天引きだからな」


 渋々といった様子でガイズは了承してくれた。


 まあ確かに、行くなって言われもどうにかして行ってただろう。

 僕のことをよく分かってる。


「ろくな準備もねえまま明日ってわけにもいかねえから、行くのは明後日でいいか?」


「それで大丈夫、ありがとう。助かるよ」


「私はそれまでモンスター除けの魔法を練習しておきますね。街道に現れる程度ならどうにかできると思うので」


 後は賊が出るって話だったけど、それなら適役がいる。

 夜にでも話を通しておこう。


「リーシャはすごいね、あれだけ身体動かせて魔法も使えるんだから」


「魔法はもともと素養があったが、体術はアルベスが仕込んだ。力がねえと生き辛えだろうからってな」


「最初は自分の身を守るために必死でしたけど、今はロジーのためにこの力を使えるのが嬉しいです」


 そう言って微笑むリーシャを見て、ガイズはギョッとした顔を僕に向ける。

 いや、どうして会う人会う人そういう反応をするかな。

 それも僕に対して。


「おいボウズ、ちょっと来い」


 肩を組まれてリーシャから少し離れた位置に移動する。

 丸太のように太い上腕筋が首に回され、とんでもなく暑苦しい。


「……なに」


 嫌そうな顔で答えるとデコピンが飛んでくる。


「最近特に仲が良いとは思ってたが、なんだありゃ。お前にゾッコンじゃねえか」


「これと言って何かした記憶は無いんだけどね」


「……ほんとか?」


「本当だよ、参考にしてもらえそうなことは何もしてない」


「あ? 参考? 何の話だ」


「パン屋のナンシーさんだよ。落とす方法が知りたかったんじゃないの?」


 その後みぞおちにキツい一発をもらった僕は、しばらくその場にうずくまることとなった。

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