第31話 ストレンジ・ミッション④

「しかしまあ驚いたわ、色んな意味でね」


 カリーナはリーシャの耳と髪の色を見ながら吐き捨てるように言う。

 倒れた拍子に脱げた帽子は、今はリーシャが顔を隠すのに使っていた。


「リーシャ、本当にごめんって。君を止めるためにはああするしかなかったんだ」


「……」


 かくいう僕らはさっきからずっとこんな調子だ。

 顔を覗き込もうとしても避けられている。


 ……これはしばらく普通に話すのは無理か。


「っ!? 来い!」


「え、ちょわっ」


 突然通りの方に顔を向けたカリーナが、僕とリーシャの手を引き高く積まれた木箱の陰に引っ張り込んだ。

 リーシャもいつの間にか帽子を胸に抱え、通りの方を見据えている。


 そこへやってきたのは二人組の冒険者……ではなく、冒険者風の男たち。

 リーシャの後を追ってきたのだろう。


「おい、あのガキはどこだ」


「見当たりませんね、こっちへ行ったと思ったんですが……」


 ふと視線を感じ顔を上げると、琥珀色の瞳が僕を睨んでいた。


『やつらは何者だ』


 カリーナの唇の動きを読む。

 靴に仕込まれたナイフを引き抜こうとしていた右手に触れて、僕は小さく首を振った。


『多分領主かその側近の関係者。自分たちに都合の悪いことを探っている人間を監視してるみたい』


 カリーナに合わせ、僕も声を出さず唇だけ動かす。

 なんだかスパイ映画のようで胸が躍る。


『なぜそんな連中が市場に』


『さあね。ただ、調査の方向性は正しかったってことさ』


 そうでなければわざわざこんなところで張り込みをしてるわけがない。


「くそっ、尾行に気づかれたのか?」


「十分に距離を取っていましたし、そんなはずはないかと。それに、相手はまだ子供だったじゃないですか」


「だとしても、疑わしい人間を調査するのが俺らの仕事だろう。たとえ子供であっても疑惑が晴れるまでは追い続けるぞ」


「分かっています。次に見かけたら接近してトレースを打ちましょう」


 1人は無精ひげを生やした30代前半の男、中肉中背で貫禄がある。

 もう1人は背の高い20代中ほどの青年、やや童顔ながらかなり筋肉質だ。


 こうして近くで見てみればどちらも『ラスティソード』の門番、ベイとよく似た体つきをしている。

 やっぱり兵士だったか。


『ところで、トレースって?』


『魔力を追跡する魔法だ。持続するのは数時間ほどだが、カシアの街くらいならどこにいても正確な位置を割り出される。ランク的には大した魔法じゃないから、打ち込まれてもそうそう気付けない』


 さっき渡された魔導具の簡易版ってところか。

 持続時間や探知範囲に制限があるとはいえ、発信機と違い現物を必要としない点が厄介だ。


『となると、これからは街を歩きにくくなるね』


『始末するか?』


『いや、それは止めた方がいい。やつらが消えた方が警戒されてかえって動きにくくなる』


 現状の最善は僕らからマークを外し、領内を探っている人間がいない状況を作ること。

 あの2人が消えれば、暗に僕たちの存在を上に教えることになってしまう。


『……大したものだ』


 真面目な顔で言うカリーナに首を傾げて見せる。


『その歳にしてプロの諜報員顔負けの状況判断能力、レナードのお気に入りでなければうちにスカウトしていた』


『さっきは問答無用で殺そうとしたクセに、よく言うよ』


『ひとまず敵ではないと分かったからな。そうでなければ2人ともここで始末している』


 まったく、物騒なことを言う。

 呆れながらカリーナから視線を切り、例の2人組に目を向ける。


 無精ひげの男は膝をつき、何やら地面を指でなぞっていた。

 あそこはちょうど僕らが争っていた場所だ。

 ……これは、ちょっとまずいかもしれない。


「おい見ろ、真新しい足跡だ」


「これは女物の靴……ですかね、それと小さな足跡が2種類と。1つはマークしていた少女のものでしょうか」


「だろうな、ここにいたのは間違いないらしい」


 男たちはきょろきょろと周囲を見渡す。

 そして隠れられそうな場所にあたりをつけ、こともあろうに僕たちを探し始めた。


『……どうする、殺るか?』


『だからダメだって言ってるでしょ……ああ、もう。仕方ない、僕が行ってくるよ』


『何をする気だ』


『まあ見ててよ』


 ふう、と一つ息を吐き、脳内にイメージを形作っていく。

 『ラスティソード』でディーラーをやっている時よりさらに若い、街を駆け回る歳相応の少年の姿だ。


 ……よし、行こう。


 僕はリーシャの肩を叩き、唇に指をあてて静かにしているよう伝える。

 むっとした顔を向けられるも、数秒の間の後小さく頷いてくれた。


 それを確認した僕は、わざと木箱を蹴り立ち上がる。


「あれー、ここにもいない。こっちだと思ったんだけどなあ……」


 びくりと身を震わせながら2人組の男が同時にこちらを見る。

 恐らく無意識だろうけど、手は腰の剣へと伸びていた。


「あれ、おじさんたちこんなところで何してるの?」


 男たちはアイコンタクトを取っている。

 どう丸め込むか、そんな算段をしているんだろう。


 さあ、ここからは僕の得意なステージだ。

 この2人には、穏便にお帰りいただくことにしよう。

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