第32話 ストレンジ・ミッション⑤
「やあボク、こんにちは」
先に動いたのは若い長身の男。
子供向けの優しげな笑顔でこちらに歩み寄ってくる。
両手をひらひらさせて敵意が無いことをアピールしていた。
「こんなところで何してるんだい?」
目の前まで来ると片膝をついて目線を合わせてくる。
僕は怯えるふりをしながら2,3歩下がり、手を伸ばしても届かない程度に距離を取った。
「あっはは、怖がらせちゃってごめんね。俺たちこの市場は初めてで道に迷っちゃってさ。それで、もしよければ案内してもらおうと思ったんだが……お母さんやお友達と一緒に来てるのかな?」
上手い。
やつらは僕がリーシャと一緒にいるのを見ている。
ここで一人で来たと答えればすかさず嘘を指摘してくるだろう。
とはいえ、正直に答えれば「その子も一緒に」なんて言って強引に話を進めようとするはずだ。
だったら――
「うん、リーちゃんと来てるよ。でも、ケンカした後はぐれちゃって……」
「え、ケンカ?」
「リーちゃん、さっきお店の人を怒らせちゃったんだ。僕ほんとに怖くて、リーちゃんにああいうことはもうやめてって言ったんだけど、困ってる人は放っておけないって言うから。それで僕……」
青年が再びアイコンタクトを取る。
30代の男は数秒思案するような顔を見せ、顎を上げて僕を示した。
もう少し探れ、ということだろうか。
「そっか、そういうことはよくやってるの?」
「ほとんど毎日だよ。将来は困ってる人を助ける冒険者になるんだ、っていつも言ってる。銀髪のエルフでも皆の役に立てることを証明するんだって」
「……それ、ボクはどう思ってるんだい?」
質問の性質が変わる。
今まではリーシャに関してばかりだったのに、僕に対しての質問になった。
少なくともこの青年はもう僕らを疑っていない。
もう一押しでいけるだろう。
「応援してあげたい……あげたいけど、危ないことはしてほしくないな。だってリーちゃんは女の子なんだもん」
「銀髪のエルフでも?」
「一緒にいると悪いことが起きるからダメってパパもママも言うけど、嘘つきだ! 僕はリーちゃんと遊んでるとすごく楽しいし、リーちゃんに助けられた人は皆とっても嬉しそうだったよ? 髪が銀色ってだけで仲間外れにされるなんて、おかしいよ……」
そう言って両手で顔を覆いつつ、隙間から様子を伺う。
振り返った青年は必死に首を振っている。
後は奥の男次第といったところだろう。
ただ、それももう時間の問題な気がした。
「……行くぞ」
根負けするように言った男に、青年は顔を輝かせる。
まあ、誰しもこんな純朴な少年少女に疑いをかけたくはない。
特に青年の方はまだ正義感が残っているようだったし、そのストレスは相当なものだっただろう。
仕事でやってるところ申し訳ないけど、こっちにも事情がある。
「話、聞かせてくれてありがとうな。そういう理由なら俺たちはもう行くよ。リーちゃんと仲直りできるといいな」
「うん、ありがとう。またね!」
僕はそう言って2人組の背中を見送る。
やがて通りへ出ると雑踏に紛れ、姿が見えなくなった。
「……ふう」
いまさらになって額に汗が浮かぶ。
ぬぐいながら空を仰ぐと、背後でごそごそと音がした。
「斥候2人をああも簡単に手玉に取るなんて。ふふ、ますますあなたが欲しくなっちゃった」
いつの間にか口調が戻っていたカリーナに後ろから抱きすくめられる。
後頭部に押し付けられる柔らかな感触にどきりと心臓が跳ねた。
「……買いかぶりすぎだよ。今のは手玉に取ったというより、子供を疑う罪悪感を煽って自分から離れるよう仕向けただけだ」
「確かに子供にしかできないけど、かといって普通の子供にできることでもないわ。そうだ、ディーラーをやめてうちに来る気はない? 給金は今の倍を出すようかけあうわよ」
「いや、提案は魅力的だけど殺し屋は遠慮しておくよ。それに、ディーラー業もあと1,2か月で終わりだしね」
「あら、その歳にして転職?」
「学校へ行くんだ。今回の一件でレナードに恩を売って学費を出させる」
カリーナが意外そうな顔をする。
「あなた、学校なんて行く必要ある?」
「将来楽したいからね。親もいなければ後ろ盾もないから、せめて学歴くらいはちゃんとしたのを持っておきたくて」
「……ほんと、子供とは思えないわね」
呆れたようにそう言って、カリーナは僕から手を離した。
そして腰元のポシェットから黄金のリングを取り出すと自分の指にはめて、すぐに外してしまう。
不思議に思い眺めていると、今度は銀のチェーンをリングに通し僕の首にかけた。
「あなたのご所望の品よ。指にはめた人間の魔力を記憶して声をやりとりできる魔導具なの。本当はうちの組織の支給品なんだけど、特別に貸してあげるわ」
なるほど、今カリーナの指にはめられたこいつは、カリーナと直接会話ができるホットラインになったというわけだ。
意外と便利なものがあるじゃないか。
「っ!? ろ、ロジー……それ、Sランクの魔導具ですよ」
これまでずっと黙っていたリーシャが青ざめた顔で口を開く。
Sランク? そういえば門番の1人、ロイも『ラスティソード』の入り口を隠している魔導具をAランクと呼んでいたっけ。
つまりこれはその上ということか。
「よく知ってるわねエルフのお嬢さん。あなたは価値が分かるみたいだから、この子が失くしたりしないよう気をつけておいてくれる?」
「は、はい。それはもちろん」
「ちなみに、Sランクの相場っていくらくらい?」
「最低でも150万リチア、そのリングだと300万はくだらないわ。つまり失くしたり売ったりしたら……ふふっ、分かってるわね?」
背筋に悪寒が走る。
それにしても、こんな装飾も何も無い小さなリングが300万リチアとは。
売り払えば学費の確保に大きな前進があるとはいえ、取り扱いには十分注意しようと心に誓った僕だった。
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