第30話 ストレンジ・ミッション③
「ロジーに、何を、しているっ……!」
リーシャは臨戦態勢に入ると人が変わったようになる。
というより、言葉を矯正する以前のような状態と言った方がいいか。
後ろで守られている立場だというのに、手が震えるほどの相当な圧力を感じる。
まさかいきなり戦闘一歩前になるとは思わなかった。
人の見極め方なんかを中途半端に教えたせいで、カリーナが普通の人間でないことを無意識のうちに感じ取ってしまったのだろう。
こっちも武力をチラつかせて交渉の材料にしようと思ったのに、あてが外れた。
「ガキが一人増えたところで!」
カリーナが再びナイフを抜いた。
今度は両手に一本ずつ、太陽の光を受けて危険な輝きを放っている。
……まさに一触即発。
互いに相手の息の根を止めることに全力を尽くそうとしている。
余裕が無いのか、相性が悪かったのか。
どちらにせよ、これは僕が望んだ状況じゃないのは確かだ。
「リーシャ、ちょっと待つんだ。カリーナもそれをしまってくれ」
「……ロジー、邪魔しないで。ロジーを殺そうとするやつ、私も、殺すから」
「殺気立ってる猛獣を前に武器をしまえと? 冗談じゃない、そしたらそいつは私の喉笛噛み千切りに来るだろ」
構えるカリーナ。
それが刺激となってか、リーシャの敵意も爆発的に増大していく。
「カリーナ! こんな状況で説得力は無いかもしれないけど、僕は君と争うつもりはない」
「猛獣をけしかけておいてそれか、本当に説得力が無いな」
「分かってるさ、だからその証明にリーシャをおとなしくさせる。そうしたら君もそれを下ろせ、いいな?」
返事が来る前に僕は立ち上がる。
リーシャの短剣は右手、逆手持ちの状態。
今のリーシャから短剣を取り上げるのは難しい。
そんなことをしようものなら指の2,3本は覚悟する必要がある。
そうすればリーシャは止まるだろうけど、手段としては最悪だ。
リーシャは自分を責めるだろうし、僕は死ぬほど痛い。痛いのは嫌だ。
とはいえ言葉で落ち着かせるのも不可能だろう。
ここまで興奮していては言葉が届くとも思えない。
とすれば方法は一つ。
今の興奮も覚めるくらいの衝撃を与えてやればいいはずだ。
それは物理的にでも精神的にでも、その両方でもいい。
「これはあんまりやりたくはないけど……ははっ、今ほど子供の姿でよかったと思う日が来るとは思わなかった」
これといった技術も力も必要無く、やろうと思えばすぐにでもできること。
問題は100%社会的に死ぬことだけど、子供ならまあ多少はマシだ。
それに何より、ここで血みどろの殺し合いをされるくらいなら、僕が社会的に死のうが構うものか。
「……っ!」
ギリ、とリーシャの奥歯が鳴る。
踏み込みのために脚に力が入り、前傾姿勢へと移行する――そう、このタイミングだ。
「リーシャ、ごめん!」
姿勢を低くしてリーシャの背後に忍び寄っていた僕は、眼前でひらひらと揺れていたスカートの内側に両手を伸ばした。
そして、指先に布と人肌の感触。
……よし、引っかかった!
「ひあっ!?」
飛び出したはずのリーシャは何かに引っかかるようにして前のめりに倒れ、僕も引きずられるように倒れる。
僕の両手の指先には白い布。
ちょうどリーシャの太ももくらいの位置にあるそれは、彼女の足をもつれさせこの状況を作った。
「ちょ、えっ!? ええっ!?」
短剣を手放し、ずり落ちたそれを必死で戻そうとするリーシャ。
でも僕は離さない。
「リーシャ、落ち着いた?」
「お、おちおちち、落ち着けるわけないです! どうしてこんなことになってるんですか!?」
「それはこの後説明するから、もう剣は無しだ。いいね?」
「分かりました! 分かりましたから! 早くそこからどいてください! あとこっちを見ないでください!」
冷静に考えてみれば僕はリーシャの足の間。
顔を上げればもちろん――
「……っ!?」
僕は慌てて指を離しよろめきながら立ち上がると、じたばた暴れるリーシャから距離を取った。
一度深呼吸をする。
少し落ち着くんだ。
場を収めるためとはいえ、僕はとんでもないことをしてしまったのでは?
「……ったく、何やってんだか」
そう呟いたのはカリーナだ。
もはや戦意喪失といった様子でナイフをしまっている。
こっちも問題なく収まってよかった。
これでひとまず目的は達成だ。
「ゴホン。ええと、話を戻してもいいかな」
「……はあ、好きにしろ」
リーシャの暴走という思わぬアクシデントに見舞われたものの、けが人を出すこともなく収束した。
いや、もしかしたらリーシャの心に傷を残すことになったかもしれないけど、それは……うん。
いざとなったら責任は取ろうと心に誓った僕だった。
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