第29話 ストレンジ・ミッション②

「伝言は二つよ」


 そう言ってカリーナは何かを空中に放る。

 じっと見つめていると、綺麗な放物線を描きながら僕のつま先に落ちた。


「……って、なんで冷静に見送ってるの! そこはちゃんと受け取りなさいよ!」


「くれるの? そうならそうと最初に言ってよ」


 ぷりぷりと怒り出すカリーナを尻目に、足元に転がる何かを拾ってみる。

 それは手のひらに収まるほどの薄い黄色の立方体。

 それぞれの角には銀色の装飾が施されており、おもちゃのような見た目ながら多少なりとも高級感があった。


 似たようなものを見た覚えがある。

 そう、あれはたしかロイの持っていた扉を隠す魔導具だったか。

 色は違うもののどことなく雰囲気が似ている。


「これは?」


「連絡用の魔導具よ。あなたの言う通り、あなたとハーグレイブ卿を結ぶ連絡役として私が遣わされた。これからはその魔導具を目印にしてあなたに接触するわ」


 要はこっちの位置が分かるGPSみたいなものか。

 スマホや通信機のように遠くの相手と気軽に会話できる手段が無い以上、連絡を取るにはこうして顔を突き合わせるしかない。


「こっちから連絡を取りたいときは?」


「その魔導具に魔力を込めてもらえればこちらから出向く。場所によるけど、だいたい2日くらい待ってもらえれば――」


「却下、それじゃ遅すぎる。すぐに連絡取れる方法は無いの?」


「……あなたねえ」


 カリーナは髪をかき上げ、やれやれといった様子で腰に手を当てる。

 オーバーアクションの最中、左手が腰元のポシェットに触れていたのを見逃さなかった。

 ちょっと揺さぶってみよう。


「情報は鮮度が命でしょ? 大事な要件を伝えるのに2日もかかってたら、できるはずのものもできなくなっちゃうよ」


「そうは言っても無理なものは無理なのよ。なるべく近くにいるようにはするから、それで我慢してもらえない?」


「……『それで我慢』ねえ」


 まるで『それ』以外のものもあるみたいな言い回しだ。


「ところでさっきからずっとポシェットを気にしてるみたいだけど、何かあった?」


「え、なんのこと……?」


 意識してか無意識か、カリーナの左半身がポシェットを隠すように後ろへ下がる。

 はっ、と気づいた時にはもう遅い。

 このタイミングで僕と目が合ったからには言い逃れもできない。


「中を見せてよ。何も無ければ見せられるでしょ?」


「……っ、それは」


「安心してよ、僕は別に君がレナードをどうしようと興味は無いから」


「ちょっと、何の話? 今ハーグレイブ卿は関係な――」


「とぼけるなよ殺し屋、ポシェットの中の魔導具で仲間と連絡を取ってるのは分かってるんだ」


 その瞬間、見開かれる琥珀色の目。

 腰の手は姿勢を低くすると同時にブーツへ。

 そのまま収納されていた刃渡り9センチほどのナイフを引き抜く。


 踏み込みから一秒の猶予もなく、あっという間に僕とカリーナの距離はゼロに。

 首に手がかかったと思った時には既に背中を打ち付けた後だ。


 今頃になって足を払われた感覚がやってくる。

 あまりの早業に認識の順序がおかしくなっていた。


「貴様、何を知っている」


 思考が追い付いたのは息苦しさに視界がちらつきだした時だ。

 気道は圧迫され、頸動脈にはナイフを突きつけられている。

 カリーナがその気になればほんの0コンマ数秒で僕は死ぬだろう。


「ぐっ、人の話は、ちゃんと聞こうよ……!」


「質問に答えろ、それ以外の発言は認めん」


「君が……っ、レナードをどうする気かなんて知らないし、興味も無い」


「ならどうして私が刺客と気づいた」


「カマをかけただけだっ」


 再び目が見開かれる。

 恥、自責、困惑。

 その顔にはいろいろな感情が渦巻いていた。


「ナイフはそのままでいい、っから、呼吸は普通にさせてくれ」


 僕の言葉にカリーナは舌打ちを一つ。

 少しだけ首の圧迫が楽になった。


「はあ……まったく、子供相手に容赦無さすぎだよ」


「貴様が普通の子供ならこうはなっていない」


 それはたしかに。


「……本当にカマをかけただけなのか?」


「そうだよ。最初に言ったけど、僕が欲しいのは早くて確実な連絡手段だ。君がレナードに何をしようと知ったことじゃないし、それをチクる気もないから安心してよ」


 カリーナは数秒思案した後、首のナイフを引っ込めて僕から離れた。


「……その言葉、信じよう」


「ああ、そうしてくれ」


 差し出された手を掴んで立ち上がる。

 カリーナはそのまま僕の背中やお尻についた砂埃を払ってくれた。


「意外と面倒見良いって言われない? それとも侍女を演じてるクセ?」


「いちいち癇に障るガキだ」


「そりゃどうも。褒めてくれるついでに魔導具も貸してくれると嬉しいんだけど」


 そう言ってポシェットを指さすとカリーナの顔が引きつった。

 頭を鷲掴みにされて万力のように締め付けられる。


「痛い痛い! 痛いって!」


 かなり大きな声を上げるもカリーナは気にしていない。

 市場の喧騒の中なら聞こえないと思ってるんだろう。


「言葉に気をつけろクソガキ、こっちはお前を先に殺すことも――」


 カリーナは突然僕を突き飛ばし二回ほどバク転をしながら距離を取る。

 尻もちをついた僕が空を仰ぐと、背中に生えた羽のような銀色の髪が風に揺られ舞っていた。


「……来てくれると思ってたよ、相棒」

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