第28話 ストレンジ・ミッション①

 カンサス街道での関税の徴収という思わぬ情報を得た僕たちは、今度こそ市場の中ほどにある乳製品を扱う店を訪れていた。


「えっと、どうして遠くから見てるだけなんですか?」


 ……訂正、正確には付近までだ。


「ちょっと考えがあってね、まあお茶でも飲みながら気長に待っててよ」


 僕とリーシャは向かいにあるオープンテラス式のカフェに陣取り、店の様子を遠巻きに眺めていた。

 というのにも理由がある。


「……思ったより早かったな」


 僕は腕を上げて伸びをしながら、右手に隠し持った小さな手鏡で背中側の通りを確認する。

 うん、気のせいじゃない。

 そこには距離を取りつつこちらを伺う冒険者風の男が二人いた。


 尾行されていると気づいたのはついさっき。

 身に着けている装備はそこそこ使い込まれているように見えるけど、歩き方や身のこなしにどこかぎこちなさを感じる。

 今そこで着替えてきましたと言われても納得するレベルだ。


 タイミング的に領主、あるいはそれに近しい人間の配下か。

 さっきの派手なやり取りのせいで目をつけられた可能性が高い。


 ともすれば、領内の情勢についてあれこれ詮索しているところを見られるのはまずい。

 さっきの会話は当然聞かれてただろうし、続けざまに牛乳の値上げ理由について尋ねれば僕らにスパイ疑惑がかかる。


 もしも一部の食品の値上がりが何者かの策略に繋がるものだった場合、最悪その場で口封じという可能性もあるだろう。

 事は慎重に運ばないと。


「あ、やっぱり店に来るお客さんのほとんどが値上げについて話してますね」


「……え、それも聞こえるの?」


「はい。ちょっと集中しないと難しいですけど」


 むしろちょっと集中するだけで聞こえるのか、凄まじい聴力だ。

 僕の役に立ちたいなんて言ってたけど、その耳だけで既に十二分に役立ってる。


 半ば呆れながら、その中に混ざるのも悪くないかと思う。

 けれど、万全を期するならここはしばらく見に徹するのが一番だろう。

 相手の出方も分からないことだし。


「リーシャ、もしかしたら僕たちみたいに値上げの理由を聞く人がいるかもしれない。聞き逃さないように気をつけてね」


「任せてください! あ、でも……私たちが直接聞きに行ったらもっと早いんじゃないですか?」


「僕もそう思うよ。ただ、今はそうできない理由があるんだ。後でちゃんと説明するから、しばらくはここで調査をしよう」


 リーシャは何かを考える素振りを見せる。


「……ロジーに考えがあるならきっとそれが最善なんですよね、分かりました!」


 やがてリーシャは確信を得たように頷き、グラスに注がれたルイボスティーのような風味のお茶に口をつけた。

 仕事中ならともかく、普通の生活の中でこうも素直に信頼を寄せられると少しむず痒くなってくる。

 その照れくささを誤魔化すように、結露でびしょぬれになっているグラスを軽く揺すった。


 事態が思わぬ方向に動き始めたのはそれから15分後のこと。

 飲み物の入ったグラスを片手に、じっとこちらを見ていた女と目が合った時だった。

 

『合言葉は、エレメント』


「っ」


 唇だけでそう告げた女は、そのままテラスを降りて店の裏手へと歩いていく。

 その間、肩越しにずっとこちらへ視線を向けていた。

 着いてこい、そういうことか。


「ちょっとお手洗い行ってくる。店の監視は引き続きお願いね」


 リーシャの返事を背中で聞きながら女の後を追う。

 念のため手鏡で尾行を確認するも特に動きは無い。

 あの店で店主と話していたリーシャの方を本命と思っているのか、それなら好都合だ。


 そして店の裏手へ。

 積まれた木箱や他の露店のおかげで通りからは見えにくい。

 ここなら邪魔が入ることも無いだろう。逢引きには絶好の場所だ。


「知らないお姉さんについてくるなんて、悪い子ね」


「知らない少年に誘いをかけてくるなんて、悪いお姉さんだね」


 肩まで伸びた赤髪、やや吊り上がった琥珀色の瞳。

 顔立ちからして20歳くらいだ。


 街の女性が着るようなありふれた服装をしているものの、手や足周りのほどよく使い込まれた筋肉のせいで少しアンバランスに見える。

 諜報員として活動するなら冒険者のような服を選ぶか、もう少し普通の人間を選んだ方がいいんじゃないかと思う。


「こっちも暇じゃないから手短に行くよ。まず君を寄越した人を教えてくれるかな。合言葉があるとはいえ、念のためね」


「へえ、心を見透かされているような気持ち悪さを感じるって話、どうやら本当みたいね」


 くすくすと笑う女に首を傾げて見せる。


「はいはい、そんなに威圧しなくたってちゃんと言うわよ。あたしはカリーナ。普段はハーグレイブ卿の身の回りの世話をしてる侍女なの」


「……侍女、侍女ねえ。どう見ても侍女って体つきはしてないけど、まあそれはさておき」


 ピクリと眉が動く。

 気に障ったか探られて痛い腹だったか、別にどっちでもいい。


「聞かせてよ、レナードから伝言があるんでしょ?」


「……どうしてそれを?」


「あの手紙にはこっちから連絡する手段が書いてなかった。ということは、情報をやり取りするための人間を寄越すってことだ。違う?」


 そう言ってにっこり笑うと、カリーナは心底呆れた様子で溜息を吐いてみせた。


「ハーグレイブ卿が気に入るわけね」

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