第27話 異変の手掛かり③

「次のお仕事にあてはあるんですか?」


「ねえよそんなもん。うちは親父の親父のそのまた親父の代からポーバッカの実の卸売りをしてきた。廃業したところで他にできることもねえ」


 店主は悲痛な面持ちで箱詰めの終わったポーバッカの実を荷車に積み上げていく。

 リーシャは何かを言おうとしては言葉を飲み込み、また言い出そうと口を開いては何も言えずを繰り返していた。


 まだリーシャには難しかったか。

 まあ、それも当たり前のことだ。

 10歳かそこらの子供が話術だけで大人を言いなりに出来たらそっちの方が異常だろう。


「……大丈夫ですよ、生きてさえいれば何とかなります」


「ちょ、リーシャ!」


 いろいろ考えたんだろうけど、よりにもよって一番言っちゃいけない言葉を!

 場を収めようとリーシャを押し退けるも、一歩遅かった。


「っ! ガキなんかに何が分かる!」


 激昂した店主が並べられた箱の一つを思い切り蹴り飛ばす。

 木箱はバラバラになり、中から飛び出したポーバッカの実は雑踏の中へ消え、無残にも踏みつぶされていた。


「世の中のことを何にも知らねえクセに、よくもそんな綺麗ごとを――」


 まさに一触即発。

 騒動は避けられないと覚悟したその瞬間、店主は何かに驚いたように言葉を切った。 

 掴みかかろうと伸ばした手は中途半端な位置で静止し、血走った眼からも怒りの感情が消えている。


 いったいどんな手品を使ったんだとリーシャの方を振り返ると、さすがの僕も言葉を失った。


「銀髪の、エルフ……」


 風にたなびく絹糸のような銀髪が太陽の下で光の帯を描いていた。

 頭の帽子はいつのまにか胸元に抱えられ、濃紺のリボンが静かに揺れている。


「私もこの髪のせいでたくさん酷い目に遭いましたけど、生きていたからこそ今まで何とかやってこれました」


 白日の下に晒されるエルフ族の象徴とも呼ぶべき尖った耳。


 〝見られる〟と〝見せる〟とでは意味が大きく変わってくる。

 リーシャは今、自分から〝見せる〟という選択をした。

 それがどれほどの覚悟に支えられたものか僕には想像しかできないけど、簡単にできることじゃないのは確かだ。


「だから大丈夫ですよ。きっと、何とかなりますから」


 そう言ってリーシャは優しく笑いかけた。


 薄っぺらい綺麗ごとが人の心に届かないのは、言葉を発した当人がその言葉の本当の重みを知らないからだ。

 でも、リーシャは知っている。

 そして、それを目の前で証明してみせた。


 自分の想いを嘘偽りない言葉として他人に届けられること。

 僕とはまるで真逆だけど、それも一つの才能かな。


「僕、壊れた箱拾ってくるね」


 ひとまず事が落ち着いたようだ。

 二人をその場に残し、僕はバラバラになった木箱の破片を回収する。

 

 かなり遠くまで飛んでいた破片は見知らぬお姉さんが拾ってくれていた。

 お礼を言って受け取り、あらかた拾い終えたと判断しそのまま露店へと戻る。


「……すまねえな兄ちゃん、さっきはついカッとなっちまって」


「気にしないでいいよ」


 店主は薄い頭を掻きながら長い溜息を吐くと、「おもしろい話でもねえぞ」と前置きしつつ語り始めた。


「あれはつい先月、ポーバッカの実を領外まで仕入れに行ったときのことだ。いつものように買い付けを終えて領へ戻ろうとしたら、衛兵の一団がカンサス街道に陣取っていやがった」


「……ねえリーシャ、それってどこ?」


「えっと、たしかカシアの街から道なりに南へ向かって進んだところだったと思います。周囲は森のようになってるので、馬車を使う場合はカンサス街道を通る必要がありますね」


 そこそこ有名な場所なのか、リーシャに小声で問いかけるとかなり詳しい情報が返ってくる。

 なるほど、つまり南側で領を出入りするとなると必ず通る道というわけだ。


「それで、衛兵の人たちは何をしていたんですか?」


「……関税を取ってたんだ。前まではこんなことなかったのに、俺も積み荷を調べられて税金を払わなければ商品を没収すると言われた」


 店主の落ち込みようは酷く、かなりの額を取られたことが容易に想像できた。

 時期から考えてもレナードの手紙の通りだ。


「高い金払って持ち込んだものはほとんど製薬ギルドに買い取ってもらえたから良かったが、得られた利益は雀の涙ほどだ。とはいえ、値上げなんてしようものなら買い手がつかずにかえって大赤字だ」


「そうですね、魔力切れを起こしても今は安価で効き目の強いポーションがありますから、ポーバッカの実はそんなに売れなくなってるって聞いたことがあります」


「お嬢ちゃんの言う通りだ。そういう意味じゃ、潮時だったのかもしれねえな」


 自嘲気味に笑いながら、店主は残った木箱を荷車に積み終えた。


「それじゃ、俺はもう行かせてもらう。何を調べてんだか知らねえが、変なことには首突っ込まねえようにな」


 手をひらひらと振って去っていく店主を見送った僕らは、無人の露店前で2人きりになる。


「……」


「……」


 何となくお互い無言のまま人の往来を眺める。

 先に口を開いたのはリーシャだった。


「……疲れました」


「そうだろうね」


「ダメですね私、ロジーみたいに上手くはできません」


「できなくていいよ」


「でも……」


「人を手玉に取るようなやり方するのは僕だけでいい。リーシャはさっきみたいに真正面から向かい合えばいいよ」


 それが役割分担でしょ? と続けると、リーシャは照れくさそうに笑っていた。

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