第26話 異変の手掛かり②

 八百屋を後にした僕らは、道すがら聞いた乳製品を売っているという露店を目指し、市場のメインストリートを歩いていた。


 本当にいろいろな店があるのもさることながら、ここを訪れる人間の多様さもまた賑わいの一因だろう。

 ざっと見渡しただけでも、料理屋のコックと思しき青年、店先で店主と話し込んでいる商人風のおじさん、食料の調達に来た冒険者に、普通の主婦から子供まで。

 冒険者や商人の出入りが盛んな街という評判に違わない盛況ぶりだ。


 そのほとんどが木組みの屋台に布をかぶせた簡素な店ではあるものの、山のように積まれた商品が色鮮やかで、無駄な装飾は必要ない。

 人々の目には明るい光が宿っていて、貧しくても強く生きていこうという意思に満ち溢れていた。


「ロジー、あそこの人を見てください」


「ん、どれ?」


 リーシャの視線を追っていくと、そこには一軒の小さな露店。

 店じまいをしているのか、表に並べられた謎の商品を箱に詰めていた。


 トマトのように真っ赤で、形はナスに近い寸胴。赤ピーマンやパプリカとも少し違う。

 今までに見てきたどんな野菜とも果物にも当てはまらなかった。


「……何あれ」


「あれ? ああ、ポーバッカの実ですね。魔力切れが原因の頭痛や吐き気なんかがあるときに食べると、一時的に症状を緩和して……ではなくて! おじさんの方を見てください」


 言われて目を向けてみれば、なるほど。

 眉間には皺、眉尻は下がり口はへの字に折れ曲がっている。


「あー、あれは何かあったね」


「はい、先ほどから『もうダメだ……』と何度もつぶやいていましたので、これは何かあるなと。ロジーがそう言うのでしたら気のせいじゃなかったみたいですね」


「え、聞こえるの!? この距離で!? この騒々しさの中で!?」


「は、はい。私耳がいいみたいで、意識すれば大抵の音は聞こえちゃうんですよね」


 意外な特技だ。

 それともエルフ族は皆こうなんだろうか。


 小さな音を聞くだけならさほど難しくはない。

 でも、こんなにもいろんな音の中から目当ての音だけを聞き分けられるのは、もはや才能と言ってもいいレベルだ。


「よし、行ってみようか。リーシャ、話してみる?」


「任せてください!」


 リーシャを先に行かせ、僕は後からついていく形で店の前へ。

 

「ああ、いらっしゃい。すまないね、今日はもう終わりなんだ」


 店主は僕らを一瞥すると再び片づけに戻る。

 ポーバッカの実がさっき聞いた通りなら、子供二人で買いに来るようなものとも思えない。


 つまり店主はこっちを客だと思っていないようだ。

 さっそく難しそうな展開だけど大丈夫かな、リーシャは。


「いえ、すみませんが私たちはお客として来たわけじゃないんです」


「リーシむぐ」


 今度は僕の唇にリーシャの人差し指があてられる。

 実は結構根に持ってたのか。


「なんだか辛そうでしたので心配になってしまいまして。どうかしたんですか?」


 なるほど、そういう切り口で攻めるのか。

 僕もよくやるやつだけど、残念ながらその手合いにはかえって逆効果だ。


 全てを諦めてしまった後の人間は救いなんて求めていない。

 そのやり方じゃ情報は引き出せないだろう。


「子供にはちょっと難しい話だよ。ほら、あっちへ行ってなさい」


 しっしっ、と邪険に追い払われる。

 リーシャは2,3歩後ずさりしてからはっと顔を上げると、僕の方を見てふるふると首を振った。


 手を出すな、そういうことだろう。

 助け舟を出そうと思ったけど……どうやら必要ないみたいだ。


「ではそのポーバッカの実を1つ売ってください。それで……もしよろしければ、何があったか話してみませんか? 子供にだって、理解はできなくても話を聞くくらいならできるんですから」


 一瞬、そう言って微笑むリーシャの背後に後光が差したように見えた。


 その衝撃は凄まじいものだったろう。

 呆気にとられる店主の表情を見なくても分かる。


「あ……ああ、300リチアだ」


「はい、お金です。ロジー、すみませんがその袋に一緒に入れさせてください」


 リーシャから受け取ったポーバッカの実を麻の手提げ袋に入れる。

 受け取ったときに手で持った感じ、含まれる水分が少ないのか見た目ほど重くはなかった。

 

「……お嬢ちゃん、どうしてそんなこと聞きたがるんだ」


 店主がすっかり疲弊した表情で問う。

 一瞬リーシャに絆されかけていたようだけど、すぐ元に戻ってしまっていた。


「本当は私たち、ここへは色んなものの値段を調べるために来たんです。でも、あなたの様子はなんだか普通ではなかったので」


「そう見えるか。はっ、まあそうだろうな。なんせ俺は今日から無職なんだから」


 やっぱりね、と思いつつ、いつになく真剣な表情をしているリーシャを見やる。


 心の扉は開き始めた。

 ここからが腕の見せ所だぞ、リーシャ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る