第24話 オールドハット・ノスタルジア

「あ、おかえりなさい」


「ごめんごめん、おまたせ」


 僕を見つけたリーシャがこちらに手を振る。

 テーブルにはいつの間にかオレンジジュースの入ったグラスが2つ置かれていた。


「ただ待ってるのも退屈だったのでジュース出してもらっちゃいました」


 リーシャははにかみながらそう言って冷えたグラスを差し出してくる。

 朝目が覚めてから水しか飲んでなかったからありがたい。


 お礼を言って受け取ると、グラスの中身を半分ほど飲み干す。

 爽やかな酸味が僅かに残っていた眠気を根こそぎ吹き飛ばしていった。


「ふう、たまにはいいもんだね。こうして外でお茶するってのも」


「そうですね、風が気持ちいいです」


 穏やかな時間だ。

 太陽は鋭く照りつけているものの、こうして日陰にいる分には風もあってそこそこ涼しい。


 往来に目を向ければ色んな人がいる。

 忙しなく先を急ぐ者、メモのような紙きれを片手に立ち止まる者、景色を見ながらゆっくりと歩く者。

 髪の色も、目の色も、肌の色も様々だ。


「……いい街、なんだろうけどね」


 頬杖をついてぼそりとつぶやく。

 まあ、今はぼやいていても仕方ない。


「リーシャ、これから市場へ行こうと思ってるんだけど、その前にちょっと寄り道していい?」


「いいですよ、今日はお仕事まで時間がありますから」


 めいいっぱい楽しみましょう、と笑うリーシャに僕も思わず笑みをこぼす。

 早速目的忘れてるぞ。


「とはいえ、あんまり時間を無駄にもできないからね。飲み終わったら出発しよう」


「はい!」


 それから10分ほど雑談しつつオレンジジュースをしばいた僕たちは、カウンターへ空のグラスを返してから店を後にした。


 日の当たる道はかなり暑い。

 ちょうど初夏のような陽気だ。


「寄り道するって言ってましたよね、どこへ向かうんですか?」


「ん、帽子屋に用があってね」


 メインストリートから少し外れた場所にひっそりと店を構える帽子屋がある。

 目的はもちろんリーシャ用の帽子だ。


「ほら、こんな日差しの中で外を歩き回るなら帽子が必要でしょ?」


 なぜ? という顔をしていたリーシャにもっともらしい理由を返す。

 嘘は言ってない。

 真意じゃないというだけだ。


「着いた、ここだよ」


「わあ、帽子ってこんなに種類があるんですね」


 リーシャは店先に飾られていた帽子を手に取り、子供のようにはしゃいでいた。

 僕は一人店の奥へと歩いていき、何やら作業をしていた真っ白なひげを生やした老店主に声をかける。


「こんにちは」


「ああ、はいはい。どんな御用かな?」


 どうやら客じゃないと思われてるようだ。

 まあ、たしかに子供2人で帽子屋に来るっていうのも変な話か。


「あの子の帽子を探してるんだけど、子供用で似合いそうなのは無い? できればつばの広いやつがいいかな」


 店先のリーシャを見て老店主が面食らったような顔をする。

 ただ、それも一瞬のこと。

 僕とリーシャを交互に見て、なぜだか懐かしいものを見ているかのような表情を浮かべた。


「……あの子にプレゼントかな?」


「うん、まあそんなところ。これから色んなところに付き合わせちゃうから、先に埋め合わせしておこうと思って」


「なるほど、そうかい。よし、ちょっと待ってておくれ」


 老店主は目を細めて頷くと、店先ではなく店の奥へと引っ込んでいく。

 手持無沙汰になり店の様子を眺めて待っていると、やがて紺色のリボンのついたストローハットを片手に戻ってきた。


「どうだろう、合わせてみるかい?」


「いいね、ぜひ」


 見たところ子供用ではないものの頭の部分がやや小さい。

 これならリーシャでもかぶれそうだし、上手いこと尖った耳を隠せるだろう。


「リーシャ、ちょっとこれかぶってみてよ」


 リーシャを店の中へ招き入れて姿見の前に立たせる。

 老店主から受け取ったストローハットをかぶせてやると、思った通りノースリーブの白いワンピースによく似合っていた。


「……」


 当のリーシャは無言のまま姿見の前でくるくると何度も回っている。


「あれ、気に入らなかった?」


「いいえ、その逆です。私、これが自分だなんて信じられないくらいで……」


 言いながらも回り続けるリーシャに思わず笑みをこぼしていた。


 サイズも問題無いみたいだ。

 何よりリーシャが気に入ってくれてよかった。


「ありがとう店主さん、これ買わせてもらうよ」


 そう言って財布を出そうとした僕の手を老店主が優しく握って制した。

 そして、そっと顔を寄せて小声で話しかけてくる。


「よければあの帽子、もらってはくれないかね」


「え、でも……」


 僕の言葉を遮るように、老店主が首を横に振る。


「10年前にも今日と同じようなことがあったのさ。若い青年と銀髪のエルフ族の女性が店へ来て、つばの広い帽子が欲しいと言った」


「……」


「当時セイラン教徒だった私は、銀の髪を持ったエルフに対して良いイメージが無かった。だから最初は追い返そうと思ったものだが、お金はあるから大丈夫だと言い張る青年と、遠慮しつつもどこか嬉しそうな女性の姿を見て気が変わってね。このストローハットを持って行かせたよ」


「え、じゃあこれって」


「ああ。3年前だったか、その2人が街を出るからと挨拶にきてな。もしも自分と同じ境遇のエルフがいたら、今度はその子に渡してやってくれと帽子を返していきよった」


 まさか人生で二度も銀髪エルフに出会うとは思わなかったがね、と老店主は静かに笑った。


「私ももう歳だし、この店もいつ閉めるか分からない。店に未練は無いが、あの帽子だけはずっと気になっていたんだ。なにせ凝り固まった価値観を変えてくれた思い出の品だからな」


 老店主は遠い日の記憶に思いを馳せるように、優し気な目でリーシャを見つめいた。


「どうだろうか、老いぼれのためと思って」


「……そういうことなら、ありがたく」


 そう言うと、老店主は何も言わず屈託のない笑顔で僕の肩を軽く叩いた。


「リーシャ、行くよ」


「あ、はい! おじいさん、この帽子大切にしますね!」


 リーシャはさっきまでの話を聞いていない。

 きっと気に入った帽子を大切にするという意味で言ったのだろう。


 その言葉がどんな形で老店主へ届いたかは分からない。


 ただ。

 過去と現在、嫌われ者の2人のエルフが、取るに足らない小さな幸せを紡いだことだけは確かに分かった。

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