第23話 ジオラス調査隊、活動開始です!②

「それで、これからどこに行くんですか?」


 無理やり連れだしておいて考え無しなのか。

 不意打ちのような丸投げにげんなりしつつ空を仰ぎ、ジンジン痛む目を守るように手でひさしを作る。


 ひとまず照りつける太陽から逃れるようにのそのそと日陰へ移動しながら、様々な人が行きかう往来に意識を向けた。

 ちょうど腕を組んでいるような格好の僕らに気づいた何人かが、良いもの見たと言わんばかりの微笑ましい視線を向けてくるのはとりあえず無視だ。


 もちろん、リーシャにだけ向けられる奇異の視線も無視……しようと思ったけど、こっちはかなり耐え難い。

 ありていに言えば相当不快だ。

 自分の友人に向けられる視線としては看過できるラインを越えている。


「リーシャ、外に出たのは久しぶり?」


「はい、半月ぶりくらいでしょうか。アルベスさんにあまり外に出ないよう言われていましたので」


「そう……あ、ちょっと忘れ物取ってくるから、ビアガーデンの席に座って待っててよ。勝手にどこか行っちゃダメだからね」


 そう言ってリーシャを引きずって無理やり席に座らせ、僕は小走りで店の奥へ向かい階段を降りる。

 古めかしい倉庫には相変わらず2人のガードマン。ガタイのいいベイと長身細身のロイだ。


「ベイ、ちょっと話が」


「おうロジーか、どうした」


 ベイは腰かけていた木箱から立ち上がると、僕の前まで来て膝をついた。

 肩幅が広いせいかすごい圧迫感だ。


「悪いけどはっきり聞くよ。君がリーシャに向ける軽蔑だったり嫌悪だったりの意味を知りたい」


 ベイが息を飲む。

 目を見開き口は半開きに。

 予想外の事態に思考が追い付いていないといった様子だ。


 奥に目を向ければロイが気まずそうな表情をしている。

 ロイの方は特に気にしてなかったみたいだけど、ベイがそういう感情を向けていたことには気づいていたらしい。


「今までは隠そうと努力してるみたいだったから何も言わなかったけど、リーシャと一緒に外へ出たら君がするような表情を何度となく向けられた。ほんの5分くらいで何度もだ」


 だからこうして理由を聞きに来た、と続けると、ベイはばつが悪そうに目を逸らす。

 ロイは何か言おうと中空に視線を泳がせていたものの、言葉が見つからなかったのか瞑目して小さく首を振った。


「教えてくれベイ。何も僕は攻めてるんじゃなくて、その理由が聞きたいだけなんだ」


「……はあ。子供にも気づかれるようじゃ……いや、ロジーに隠し通すのは最初から無理だったか」


 ベイは嘆息しながら頭を掻く。


「親が『セイラン教』っつう宗教の熱心な信徒だったんだ。ああ、別に怪しいもんじゃねえぞ。ノルティアじゃかなりメジャーな宗教で、やってることといや慈善活動と星へのお祈りくらいだ」


 なるほど、宗教絡みだったか。

 メジャーというなら街の人間の反応にも納得がいく。


 つまりリーシャに奇異の目を向けていたのはセイラン教の信徒。

 特に罵声を浴びせられることもなかったので、ベイの言う通り攻撃的な思想を持っているというわけでもないのだろう。

 そうなれば迂闊にリーシャを連れ歩くこともできなくなっていた。そこは唯一の救いだ。


「で、その宗教とリーシャにいったい何の関係が?」


「セイラン教はエルフ族が本流なんだ。だからエルフ族の思想が部分的に教典にも書かれてる」


 そこで僕は思い当たる。

 リーシャはエルフの住処である森を追われた身だという推論を立てたことがあった。

 デリケートな問題なので直接確認することはなかったものの、どうやら今になってその裏付けが取れそうだ。


「その中にこんな一節がある。『銀色の髪のエルフは凶事の象徴。彼の者不和を生み、災厄を育てる』ってのがな。純血なら髪の色は必ず金。他種族と交わって血を薄めても、赤や黒にはなるが銀にはほとんどならねえ」


「じゃあリーシャは混血のエルフってこと?」


「街に出てるやつらと森にいるやつらはすぐに見分けがつく。血の濃さは耳の長さを見りゃすぐ分かるんだ。だから、ああ、えっと……」


 言葉を濁したベイを睨みつける。


「……あいつの長さなら間違いなく純血だ」


「だから森から追放された?」


 ベイの舌打ちが聞こえる。

 そして、再び深く長い溜息を吐きだした。


「ああ、そうだろうな。エルフの住む森の街道付近で見つけたらしい。半年くらい前にガイズさんが連れて帰ってきた」


 本来ありえないはずの銀髪。

 元いた世界で言うアルビノのようなものだろうか。


 遺伝子研究なんて全く進んでいないこの世界じゃ、他人と少し違うだけでも異物や化け物扱いというわけだ。

 どこの世界でも、人間は上っ面にばかり気を取られすぎている。

 本当に愚かだ。


「……俺は別に信者ってわけじゃねえ。ただ親がずっとそうだったもんで、その感覚が抜けてねえんだ。俺だって普通に接してえんだが、習慣ってのはどうしてもな」


 床に視線を落とすベイから罪悪感が見て取れる。

 ふとした拍子にそういう態度を取らないようリーシャを避けていたんだろう。


 意外といいやつだ。


「うん、悪気が無いのは分かったからもういいよ。邪魔したね」


「そうだ、ロジー!」


 階段に足をかけた僕に背後から声が飛んでくる。

 その場で振り向くと照れ臭そうに顔を覆うベイがいた。


「……リーシャの好きな食い物、今度教えてくれ」


「手を出したら犯罪だよ」


「そういう意味じゃねえ!」


 怒鳴り散らすベイに手を振りながら階段を上っていく。


 これでひとまずリーシャを取り巻く環境の背景は分かった。

 後は大事にならないよう僕がコントロールすれば問題無いだろう。


「いつか――」


 そこまで呟いて、口を噤んだ。

 さあ、リーシャのところへ戻るとしよう。

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