第22話 ジオラス調査隊、活動開始です!①
「調査と言っても何から手を付けたらいいんでしょう。私たちが調べて分かるようなことは当然レナードさんの耳にも入っているのでは?」
「うん、その通り。お金の流れとか軍事関係とか、多分そっち方面は僕らが調べるまでもないかもしれないね。まあ、まずはここに根を下ろして長い人に話を聞いていこう」
ひとまずの方針は決まっている。
既にレナードが調べているようなことは後回しにして、手始めに身近な違和感から探っていこう。
たとえば市場について。
野菜などの農作物は特に優秀な指標だ。
災害なんかで農家が被害を受けたり、行事や流行などの特需だったり、価格変動が起こりやすくその理由も突き止めやすい。
「というわけでガイズ、店の仕入れについていくつか聞きたいんだけど」
「あ? 急にどうした」
前衛に僕、後衛にリーシャというポジションで、ビアガーデン用の仕込みをしていたガイズに話しかける。
僕はともかく、柱の陰からじっとこちらを見つめるリーシャはすこぶる怪しい。
その姿を認めたガイズも、何が何やらといった様子で怪訝な目を向けている。
「リーシャの社会勉強の一環でね、いつか独り立ちする時のために色々聞いておきたいんだ」
「ああ、なるほど。いいなあ、若いってのは!」
僕とリーシャを交互に見たガイズがからかうような嫌な笑みを浮かべる。
最近仲がいいのは認めるけど、決してそういう関係じゃない。
「……やめてよねガイズ。変な想像してると、大通りのパン屋のお姉さんにあることないこと吹き込むから」
「は!? ばっ、お前! なんでそれを!」
「態度を見てれば分かる。平静を装ってるつもりだろうけど、声はいつもよりワントーン高いし、唾を飲み込む回数も多いし、瞳孔も開いてる。僕じゃなくても気付けるくらい露骨だよ」
ガイズの話はどうでもいい。
ちょっと年齢差が気になるくらいだけど、少なくとも相手の方に脈が無いわけでもない。
アプローチのかけ方次第では上手くいく可能性もあるだろう。
心底どうでもいいけど。
「そんなことより仕入れの話だよ。ここ数週間ですごく値上がりしたとか、品薄で手に入りにくくなった食材とか無い?」
「あ、ああ。値上がりしたと言えば牛乳とバターか」
牛乳とバターね、なるほど。
乳製品は基本的に流通量は安定してるはずだから、酪農家に何も無ければどこかで特需が発生していそうだ。
後で調べてみよう。
「あ、そういえば小麦粉の値段も近々上がりそうな雰囲気があるってナンシーさんが言ってましたよ」
リーシャが柱の陰から手を上げて言う。
と、ナンシーという名前に反応するようにガイズが不自然に体をビクつかせた。
小麦粉、ナンシー……あ、パン屋のお姉さんだ。
するとナンシーっていうのはガイズの想い人の名前か。
「ゴホン、そういや小麦粉も値上がりしてたっけな。まあこっちは誤差程度だ、牛乳ほどじゃねえ」
「ふむ、酪農家が何かの被害を受けたって話は聞いたことある? モンスターとか災害とか」
「……あー、どうだったか。いや、ここ最近じゃ聞かねえような」
ガイズもギルド『錆の旅団』のメンバーだ。
モンスターや猛獣なんかが家畜に被害を出したとなれば話くらいは聞いていてもおかしくない。
となれば特需の線で調べるのがいいか。
「分かった、仕込み中悪かったね。今度気が向いたらナンシーさんとの仲を取り持ってあげるよ」
「バカ野郎、余計なお世話だ! 仕込みの邪魔だからさっさと出てけ!」
ちょっとからかっただけなのに厨房から摘み出されてしまった。
とはいえ、聞くべきことは聞けたから良しとしよう。
「ねえロジー、どうして牛乳やバターの話を? レナードさんの依頼に関係があるとは思えないのですが……」
リーシャが横に並びながら顔を覗き込んでくる。
純真無垢な空色の瞳に見上げられると少し照れ臭い。
「人の生活に密接に結びついてるもの……たとえば食材なんかは、ちょっとした変化にも思わぬ影響を受けることがあるんだ」
「牛乳やバターが異変に繋がってる……ですか。にわかには信じられない話ですね」
「もちろん空振りに終わる可能性もある。でもさ、何の取っ掛かりも無いまま闇雲に探し回る方が意味無いと思わない?」
探し物は分かっているのに、どこをどう探せばいいのか分からないまま探すほどバカな話は無い。
「要はアプローチの仕方だよ。たとえばガイズがパン屋のナンシーさんと親密な関係になりたいなら、まずナンシーさんの趣味や好みを聞いたり、自分の髪型を変えたり着る服を選んだりしなきゃいけない。それをしないまま闇雲にアプローチをかけても失敗するだけでしょ?」
「アプローチの仕方……あ、何となく分かりました! 手掛かり無しの異変をそのまま調べるんじゃなくて、その異変に繋がりそうな〝変化〟の方から調べていくってことですね!」
「お見事! 異変そのものは見えなくても、その異変が周囲に与えた影響は目に見えるでしょ? だったら目に見えるものから遡っていけば、いずれは異変に辿り着けるって寸法だ」
「……わあ、やっぱりロジーはすごいです!」
まるで難問を解いた子供のような顔で喜ぶリーシャに自然と頬が緩む。
なんて、ほのぼのできていたのも一瞬のこと。
いつの間にかガッチリ腕をホールドされていた僕は、突如駆け出したリーシャに引きずられるようにして外へ飛び出していた。
「さあ、それでは調査に行きますよ!」
時刻は正午過ぎのこと。
今までずっと地下にいたせいか、頭上高く上った太陽に目の奥が痛んだ。
「ジオラス調査隊、活動開始です!」
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