第10話 イレギュラーな職探し①

 目覚めた村でハンナさんと別れてから1週間が経った。

 少しでも学費の足しにしてほしいとお金を持たせようとしてくれたけど、彼女の栄養状態を見るとさすがの僕も気が咎めたので丁重にお断りした。


 お金を集めるためにはお金のある場所に行く必要がある。

 聞いた話では、あの村の生活水準は周辺でもかなり低い方だという。

 そんな場所に留まっていては500万リチアなんて夢のまた夢だ。


 そんなわけで行商人の馬車に潜り込み、積荷の食料を失敬しながら、ここ――カシアの街に辿り着いたまではよかった。


 働かざる者食うべからずという言葉の通り、この世界では子供といえど労働という対価なしに食べ物にはありつけない。

 レンガ造りの家屋が立ち並び、活気もお金もありそうなこの街であってもそれは同じだった。


 今日の宿どころか食事にも困っていた僕は、街のはずれで一人ぼーっとしている。


 うん、まあそうだよね。

 身元不明の子供なんてどう考えても怪しいし、どんなに働かせてほしいと頼んでも門前払いなのは当たり前だ。


 まあ、ここまではほとんど予想通り。

 まだ慌てるような時間じゃない。


 僕はこの街にとってのイレギュラーだ。

 子供ということもあって、普通に仕事をしようと思えばそこそこハードルが高い。


 そこはそれ、イレギュラーにはイレギュラーの、それも子供という外見を活かした働き口がある。

 むしろそっちの方が実入りもいいし、僕もやりやすいと一石二鳥だ。


 この街は交易や旅の中間地点として人の出入りが激しいと聞いた。

 つまり、夜になればまずアレが開かれることだろう。

 昼の仕事を探すついでにあちこち見て回って、いくつか候補地を確認してきた。


 後は夜になるのを待つだけだ。

 空腹に鳴き出す腹の虫をなだめつつ、僕はその時が来るのをじっと待った。


 それから数時間後、周辺の家々から漂ってくる夕飯の匂いになんとか耐えきった僕は、昼間物色しておいた候補地へ向けて移動を開始する。


 ガス灯のような街灯のおかげで夜でも明るいのは非常に助かる。

 地下に張り巡らされている地脈から抽出された魔力によって光っているらしい。

 自然のガス管みたいなものだろうか。


 そんなことを考えていたら早々に一軒目に着いた。


「……ここはハズレ、と」


 いい感じに奥まった路地には、簡素な椅子とテーブルが並べられて即席のビアガーデンが出来上がっていた。

 かなり盛況なようでほとんどの席が埋まっている。


 考えてみればメインストリートに近いこの場所は少し目立ちすぎるか。

 次は離れた場所に行ってみよう。


 ともすれば二軒目、三軒目ともに空振りに終わる。

 アレといえば路地裏なんて、少し安直すぎただろうか。


「お前さんまた行くのか、性懲りもねえ」


「あんだとぉう!? この前は調子が悪かっただけだ、今日こそは目にもの見せてくれるわ!」


 と、そんな会話を聞いたのは望み薄な四軒目に足を向けた時だった。


 ――見つけた。

 心の中でほくそ笑みながら、僕は二人組の酔っぱらいの後をつける。


 まさか着けられてるとは思ってもいないのか、二人組はまるで無警戒のまま覚束ない足取りで歩みを進めていく。


 やがて辿り着いたのは一軒目に見たはずのビアガーデン。

 カウンターで店主と思しき中年の男と二言三言話してから何かを受け取り、そのまま横を抜けて店の奥へと消えていった。


 なるほど、ビアガーデンは隠れ蓑で本命はあの階段を降りた先か。

 何か受け取っていたところを見ると恐らく合言葉のような注文があって、それを知らなきゃ奥には通されない仕組みだろう。


 さてさて、どうしたものか。

 ここで見張ってれば合言葉くらいはすぐ分かるだろうけど、それを言ったところで素直に通してくれるとも思えない。


 とすれば、あの店主から崩しにかかるのが一番かな。

 上手くいけば繋ぎ役にもなってくれるだろうし。


「こんばんは」


「はいはい! ……おや?」


 顔を上げた店主は左右を見渡し不思議そうに首を捻る。

 コンコン、とカウンターを小突くとようやく視線が下へ向いた。


「おやおやこれは失礼、こんなに可愛いお客さんだったとは!」


 自然な笑顔だ。

 一筋縄ではいかないかもしれない。警戒レベルを一段階引き上げる。


「でもごめんね、うちの店はすこーしお客さんには早いかもしれないなあ。大人になったらまた来てよ、サービスするからさ!」


 言いながらミートパイの小さな切れ端が乗った小皿を差し出してくる。

 せっかくなので指で摘んで口に放り込むと、店主は小さくウィンクをした。


 鼻を抜けていくバターの香りに身震いする。

 今日初めての食事に全身が歓喜の声を上げていた。


「ごちそうさま、おじさん。ところで僕を雇ってみる気はない?」


「雇う? ははは、そういうことだったか! でもごめんね、お酒を出す店で子供を働かせてるなんて知れたら、おじさん捕まっちゃうんだ」


「へー、地下でやってる違法賭博は捕まらないの?」


 親指についたパイ生地を舐めながら言うと、店主の表情から笑顔が剥がれ落ちる。

 鋭い目つきで周囲に視線をやり、僕の他に誰かいないかを入念に確認していた。


「安心していいよ。僕は一人だし、衛兵にここをチクるつもりもないから」


「……いっちょ前の口効くじゃねえかボウズ。どこでそれを知った」


「飲んだくれの労働者層をカモにしてる時点で情報漏れは時間の問題だよ。近いうちに引っ越しした方がいいかもね、もしかしたら衛兵がガサ入れに……おっと、やっぱりワイロはちゃんと渡してるんだ」


「ちっ、どういうつもりだか知らねえが――」


「だから最初から言ってるはずだよ、僕を雇う気はないかって」


 カウンターを回り、よく鍛えられた丸太のような腕をこちらへ伸ばそうとする店主。

 あれで殴られたら痛いじゃ済まないだろうなあなんてことを考えながら、僕はおどけて肩をすくめてみせる。


「子供のディーラーっていいものだよ? 多少不利な結果が出てもイカサマを疑う人は少ないんだ。だってプライドが許さないからね。こんなガキに自分が騙されるわけないってみんな思ってるから」


 黙って聞いていた店主は何度か視線を泳がせる。

 少なくとも検討の余地はあるといった様子だ。

 もう一息か。


「……ボウズ、お前イカサマに自信はあるか?」


「ゲームを見てみないことにはなんとも。ただ、おじさんみたいなの相手に一人でこんなことやってるわけだし、本番でヘマすることはないって思ってくれていいよ」


 店主は口の端を吊り上げる。

 交渉成立だね。


「ロジーだ、よろしく」


 そう言って手を差し出すと、ちゃっかりしてるとでも言いたげな顔で笑われる。

 その後、心底呆れた様子で握り返された。


「俺はガイズ。着いてきな、ボウズ」


 踵を返し店の奥へと向かうガイズに続く。

 こうして僕は、どうにかこうにか次のステップへ進めるようだった。

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