第8話 異世界ノルティア①

「転生……ねえ。にわかには信じられないけど」


 あの後、僕が取った行動は〝正直に全部話す〟だった。


 人に心を開かせ情報を引き出す手段は、何も騙したり操ったりだけじゃない。

 正直に話して自分の弱みを見せることも有効な方法の一つだ。


「目が覚めた時にはこうなっててね」


 そう言って肩を竦めて見せる。

 文字通り、お手上げという意味で。


 魔法のある世界でも信じられないようなこと、とはおかしな話だ。

 こっちからすれば魔法の存在自体が信じられないようなことだというのに。


「ちなみにロジーと繋がってるって話も嘘。君のことはもちろん、この世界についても何も知らないんだ」


「えっ、でもさっき私の隠し事を言い当てて……そう、まるで占い師みたいに!」


 目を輝かせるお姉さんに手をひらひら振って否定する。

 というかこっちの世界にもいるんだ、占い師。


「そう見えるように振舞ってたかからだよ。あれは全部トリックだ、種も仕掛けもある」


「トリックで人の心が読めるわけない」


「別に心を読んでるんじゃないよ。お姉さんの背格好や無意識なしぐさ、会話の内容から情報を引き出しただけだ。占いになんて頼らなくてもできる」


「……じゃあ、私を騙してたってこと?」


「僕は占い師じゃなくて、詐欺師だからね」


 お姉さんが怪訝そうな顔でこちらを睨む。


「ごほん。話を戻すけど、僕は目が覚めたばかりで右も左も分からない。だから自分の情報を人知れず集める必要があったんだ」


「どうしてこそこそと? 普通に聞いてくれれば私は――」


「たとえばお姉さんがロジーを意識不明にした犯人だったら……いや、犯人だったけど、それは一度忘れよう」


 彼女の後悔は少なくとも本物だ。

 そしていつの日かロジーが目覚めることを心の底から願っていた。


「理由は何でもいいけど、ロジーに目覚められたら困る立場だったらどうする? 今回の件で言えば、ロジーが目覚めたのを知ってるのは自分だけという状況で」


 顎に手を当てて考え始める。


「困る立場だったら、か。どうにかしてもう一回眠らせるか、いっそ……あっ」


「そう、『自分はロジーじゃない』と僕が言ったところで信じようとは思わないよね」


「だからあんなことを……」


「本当に申し訳ないと思ってるよ。ただ、僕も必死だったってことを分かってほしい」


 手を差し出して和解の握手を求める。

 関係が変化する節目には、強い印象を残すためにこうした物理的接触を挟んでおきたかった。


「うん、私の方こそごめんなさい。もちろんロジーくんに対しても」


 お姉さんと握手する。

 左手を添えて少し強めに握ってから手を離した。


「そういえば、自己紹介してなかったね。私ハンナ、よろしく」


「よろしく、ハンナさん。僕は――」


 口を開けたまま硬直する。

 傍から見ればマヌケな光景だろうけど僕は至って大まじめだ。


「どうしたの?」


 ハンナさんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 たれ目がちな目元の大きなクマがよく見えた。


「……思い出せないんだ、自分の名前」


「ええっ!?」


 知識や経験は思い出せる。

 出会ってきた客、有名人、固有名詞も思い出せる。


 ただ一つ、自分の名前だけはどうしても思い出せない。

 人生をやり直すなら昔の名前は不要、そういうことなのだろうか。


「あー、いや、別に思い出せないからって困ることは何も無いよ。ほら、今の僕って記憶喪失みたいなものだから」


「あ、そ、そうね。確かに……?」


「一年間も眠ってたせいで、とか言えば多分皆信じるでしょ」


「息をするように嘘をつこうとする辺り、本当に詐欺師なのね」


 あ、そこで納得するんだ。

 別にいいけど。


「ひとまず僕はロジーとして生きていくことにするよ。本物のロジーには悪いけど、体を返す手段が無いんじゃ今はそうするしかないからね」


「うん、そうしてあげて。私でよければ力になるから」


 ありがたい申し出だった。

 僕が生きていくにはとにかくこの世界の知識が必要だ。


 となれば現状目指すは王立ロメリア魔導学園とやらへの入学か。

 1年眠っていた関係で2年次からの編入にはなるものの、入学試験で特待生枠に入れるくらいだからロジーは優秀で、学園側にもその記録が残っているはず。

 とりあえずはどうにかなりそうだ。


「それじゃあ最初にいくつか教えてくれるかな。ロジーのこと、この世界のこと」


「うん、分かった」

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