第1章「少年ロジーの目覚め」
第5話 見知らぬ風景、見知らぬ僕①
自分の根底が揺さぶられるような奇妙な感覚に、意識が急速に覚醒へと向かう。
地震かと思ったけどそうじゃない。
揺れているのは体じゃなくて心の方、なんとなくそんな感じがした。
「うわ、眩し……」
上体を起こすと日差しが直接顔に当たった。
寝起きの頭には刺激が強すぎて慌てて目元を手で覆う。
その手が顔に触れた瞬間、眠気を吹き飛ばすような強烈な違和感が脳を揺さぶった。
「……んっ」
確かに自分の顔に触れている感触がある。
そのはずなのに、手のひらにある全てがまるで別人のような感覚だ。
髪の毛の質感、肌触り、顔の大きさ、輪郭、眉毛の太さ、まつ毛の長さ、目元の形、鼻の高さ、唇の厚さ、その他もろもろ。
どれを取っても自分の記憶にあるものではなかった。
誰だって自分の顔の形なんて意識して覚えない。
それでも、顔を洗ったり、目にかかる前髪を払ったり、少なくとも一日に十数回は顔に触れる機会がある。
たとえば顔にできたニキビに触れた瞬間違和感として認識できるのは、本来そこに何もないことを無意識のうちに覚えているからだ。
そしてよく見てみればこの手もそう。
指の長さや爪の形、筋の太さなんて全くの別物。
そもそも手のひらの大きさがまるで違う。
「あー、あー。声も高い」
最後に股間をまさぐる。
うん、ある。
「変声期前、十歳前後の男子ってところか」
とりあえず自分の状態は把握した。
なぜこうなっているかはマリーちゃんの一件と同じで考えても意味がないだろう。
僕は意識を内から外に向ける。
自分の現在地、木造の室内、個室、柱の位置や太さからして平屋建て。
ベッドは木製、シーツは綿。
落ちている髪の毛の本数からしてシーツや枕カバーを変えたのはつい最近。
高級感はないが清潔で手入れが行き届いている。
部屋にはおよそ私物と呼べるものがない。
ベッド脇には空の花瓶と、一人が座って作業するのに十分なスペース。
かすかに消毒液の匂いもするから病院だろうか。
窓枠は木製、ガラスは透明度の低い粗悪品。
外の景色は生い茂る木々と快晴の空模様、空の青さからして大気汚染はかなり少なそうだ。
推測、ここは郊外の自然豊かな土地にある貧しい病院。
僕は10歳前後の少年で何らかの理由があってここに入院中。目立った外傷や痛みは無いから原因は不明。
このお粗末な設備で長期入院はありえないから、ここへ来たのはせいぜい3日か4日前といったところ。
花瓶が空なのはお見舞いにくる身内がいないか、あるいは入院することになった直接的な原因に繋がっているかだ。
まずはこんなところかな。
ひとまず部屋を出て、騒ぎにならない程度に情報を集めてみよう。
掛け布団を引きはがしベッドから降りる。
ひんやりした板張りの床が気持ちよかった。
「ロジーくーん、入りますねー」
そんな声が聞こえたのは僕がちょうどドアの目の前に立った直後。
若い女性の特徴的な声の調子に、しまったと思った時には既にドアが開かれた後だった。
「あ」
と声を漏らしたのはどちらだったか。
僕は引きつった笑み、エプロン姿の長身のお姉さんはドアを開けたまま茫然自失。
そう、このお姉さんは病室に声をかけこそしたが中からの返事を期待してのものじゃなかった。
たとえ意識不明でもプライバシーを尊重して部屋に入る時には声をかける、そんな配慮からの行動だ。
とすれば今の状況は単純明解。
目覚めるはずのない少年が目覚めた、ということ。
「えっと、お、おはよう……ございます?」
僕だって読み違えることはある。
とはいえ、ベッドの近くにスリッパなんかの履物が無い時点でもう少し様子を見ることはできただろう。
「う、嘘、でしょ……?」
まさに幽霊にでも出会ったかのように、お姉さんは途切れ途切れにつぶやいた。
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