第4話 死神マリー③
「それではあなたの処遇ですが、こうしましょう」
マリーちゃんはそう言いながら手を叩きベッドを立ち上がる。
ぺち、とものすごく軽い音がした。
「痛いのとか苦しいのとかは勘弁してほしいな、さっき窒息死したばかりだし」
「それはあなたの運命次第ですね」
「運命次第って……ああ、なるほど。いかにも運命の女神様がやりそうなことだ」
円形になって浮かぶ手のひらくらいの大きさをした22枚のカード。
こちらからは裏面しか見ることができないが、それが何なのか僕にはすぐに分かった。
「はい、ご想像の通りタロットカードです。大アルカナ22枚のカードを用意しました」
それは僕にとっても馴染み深いもの。
なんとなく由緒正しそうで神秘的なイメージのあるタロットは、一般人を占いに傾倒させるいい小道具になる。
僕も長年利用してきた便利アイテムだ。
「22枚の正位置、逆位置にそれぞれ処遇が割り当てられています。つまり、この先どうなるかはあなた自身が決めるということですね」
皮肉なことに、タロットで他人の人生をコントロールしてきた僕が、今度は自分自身をコントロールする立場になったわけだ。
これも罰と言えばそうなんだろうけど、あまりの悪趣味さに頬がひきつる。
マリーちゃん、可愛い顔してえげつない。
「ちなみに、どんな処遇があるとかは教えてくれないのかな」
「もちろん教えられません。未来は誰にも分からないものですから」
未来は誰にも分からない、至極当たり前のことだ。
ただ僕は、一時期そう思っていなかったような気がする。
人間は思考する生き物だ。
だから思考を読めれば次に何をするかを予測することができたし、思考を誘導することで自分に都合のいい行動を起こさせることもできた。
カードにしても同じだ。
僕は自分が使用するカードは目隠ししても狙ったカードを引くことができたし、占う相手の状況に合わせてそれっぽいカードを選ばせることもできた。
それが僕の占い、イカサマの正体。
いや、そんなものは占いと呼ばない。
ただの手品、ただの詐欺だ。
だからこれは本物の占いなんだろう。
恐らく僕が初めてやる、正真正銘本物のタロット占い。
「さあ、心の準備はいいですか? 始めましょう、あなたの本当の占いを」
かすかに震える指先を強く握る。
その様子を見ていたマリーちゃんは満足そうに微笑んでいた。
これが運命の女神を冒涜した報いというなら甘んじて受けよう。
僕はそれだけ、他人の人生をお金のために弄んできた。
ふう、と一呼吸。
この先どうなるか分からないのなら、そもそもどのカードを引けばいいかも分からないんだ。
僕はただ選ぶだけでいい。
自分の未来を決める1枚のカードを。
「ふふ、それでいいんですね?」
僕が指さした1枚を手に取るマリーちゃん。
すると、残りのカードが不意に力を失ったように落下し床に散らばった。
何枚か表になっている。
ここから見える限りでは『魔術師』『星』『塔』『悪魔』、それから『世界』。
『塔』は正位置でも逆位置でも良い意味はない。
選ばずに済んで良かったと思うべきか。
「それで、僕は何を選んだ?」
「もったいぶっても仕方ありませんし、いいでしょう」
こちらへ向けられたその図柄を見て、僕はゆっくりと目を伏せた。
「これがあなたの運命、『死神』です」
図柄は正位置の『死神』、意味は終焉、破滅。
僕が生涯に渡り一度として引いたことのないカードだ。
正位置逆位置問わず、あまりに強烈な意味を持っているため使いづらい。
絶望させすぎず、希望を持たせすぎず、どっちつかずの判定で引き延ばし続ける僕のやり方ではこのカードは不要だった。
「なんとなく分かる、これは巡り合わせだよ」
「……どういう意味でしょう」
「いや、それが僕の運命に間違いないと思ってね。ウン十年ごしに会いにきたってわけだ」
それを聞いたマリーちゃんは、にっこりと笑った。
今までのようなどこかズレた笑みではなく、外見通りの自然な笑顔だ。
「そっちの顔の方が可愛いね」
「ありがとうございます、こうしてちゃんと笑ったのは久しぶりかもしれません」
マリーちゃんにつられるようにして笑うと、窓も開いていないのにどこからか風が吹き始めた。
かなり強い。台風の時にも感じたことのないような風だ。
「マリーちゃ……何これ!」
僕の目の前に立っているマリーちゃんはまるで平然としている。
いや、この風なのに髪が全然乱れていない。これは僕しか感じていないのか。
「あ、そうそう」
マリーちゃんはゆっくりと僕に歩み寄ると、右手を取って『死神』のカードを握らせる。
「ちゃんと自己紹介していなかったですから、改めまして」
目を開けていられないくらいの風の中で、僕はおかしなものを見た。
マリーちゃんが手に取ってからカードは一度として回転していない。
そう、正位置のカードをそのまま渡せば、受け取った相手は逆位置のカードを握ることになる。
つまり、僕の右手のこのカードは――
「私は運命を告げる神、あなたたちが死神と呼んでいるものです」
「ちょ、これって!」
「確かに告げましたよ、あなたの運命」
その言葉を最後に、轟音で何も聞こえなくなる。
そこからいつ気を失ったのかは覚えていない。
これが僕と、死神マリーとの最初の出会いだった。
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