第2話 死神マリー①
「はい、お疲れさまです」
すぐ耳元で聞こえた声に驚き飛び起きる。
見慣れた景色、落ち着く匂い、気怠い体。
なんのことはない。
自宅の寝室、毎日寝起きしているベッドの上だった。
「……はあ。コンクリで窒息死とか、最低の悪夢だった」
「あ、いえ、夢じゃないです」
ただ一点違うのは、10代半ばくらいの見知らぬ少女が薄型テレビの上にちょこんと座っていること。
ずいぶん器用だ。
ちょっとお尻痛そうだけど。
「あなたはちゃんと死にましたよ。コンクリートで窒息して」
「あ、やっぱり?」
普通なら慌てふためくところだろう。
しかし、僕には不思議とこの状況を“そういうもの”として認識することができた。
だって、僕は死んだんだ。
それなのにこうして思考をして、これが夢か現実かを判断できる時点で僕の想像を超えた何かが起こってるとしか考えようがない。
だったらそれは考えるだけ無駄というもの。
考えて分からないことを考えても仕方がない。
「冷静ですね」
「ちょっと違うかな。考えてもどうせ分からないだろうから思考停止してるんだ」
「その割には見るべきものを見ているように思いますよ」
そう言って赤い瞳が細められる。
見透かされていたわけだ。
窓の外、本の背表紙、フローリングの木目。
どれも細部まで事細かに覚えられるものではなく、夢では曖昧にぼかされるオブジェクトの代表だ。
そのどれもがはっきりと見えている以上、これは夢じゃない……と、思う。
あまり自信はないけれど。
「さて、何から話しましょうか」
少女はテレビから飛び降りると音もなく着地する。
腰まで伸びた長い黒髪がふわりと広がり、一拍置いてするりと整う。
それにしてもカラスの羽みたいに真っ黒だ。
「じゃあ君のことを教えてよ」
「私ですか?」
「そう、見た目通りの年齢じゃないのは分かるよ。ちょっとした所作や表情が成熟しきった大人のそれだ。外見と掛け離れすぎてていっそ不気味にすら映る」
「もう、失礼ですよ」
「ごめんごめん、ある意味これが商売みたいなものだからね。職業病ってやつだ」
ムッとした表情にも奇妙な色気がある。
あどけなさの残る顔立ちとのアンバランス感で変な気分になりそうだった。
「それで、君はいったい何者なのかな?」
「私は……そうですね、マリーと呼んでください」
純和風な見た目なのに名前はフランス系なのか。
そんなところまでアンバランスにする必要無いのに。
「マリーちゃんか、なるほどね。それでマリーちゃんはなんの神様なの?」
「私は運命を……はあ。そういうところ、死んでも治らないのですね」
呆れたように嘆息するマリーちゃん。
誉め言葉として受け取っておこう。
「もういいです、あなたの話をしましょう」
「僕の?」
「はい、まずはここに連れてきた理由から」
マリーちゃんはテレビ台の引き出しから一冊のファイルを取り出すとテーブルの上に置いた。
それが何であるか僕は知っている、というか僕が作ったものだ。
「これはあなたがカモにした人間のリストです」
「うん」
「あなたはこのリストに載っている人間から金銭を詐取しましたね」
「そうだよ、だから僕を罰するためにここへ呼んだ?」
「いいえ、その逆ですよ」
マリーちゃんはうっすらと口元に笑みを浮かべ、僕の隣へ腰かけた。
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