姫月がさらに大型船を用意し、乗客乗員の救助はどうにか無事終えることができた。桐乃たちは姫月の乗る大型戦闘ヘリに同乗し、船着き場で待つ由良の下へと向かった。姫月は「またね」と桐乃に手を振り、黒服の男は親指を立ててニコッと笑い、星に埋め尽くされた夜空へとヘリを飛ばして消えて行った。

 手を振って別れの挨拶を返す桐乃の横に由良がやって来て「お疲れさまでした」と微笑みかけてきた。ほっとして、桐乃の顔も解れる。

 背後で、よろめいたオーガストを支えるアーサーの姿があった。それを見た黒川がそっと歩み寄り、取り出したダイヤを二人に見せる。

「さすがの俺もこの暗号までは解読できなかった。できれば教えてくれるか? ここに書いてある言葉を」

 まるで、というよりもすべてを知っているかのような目を黒川は二人に向ける。オーガストは少し渋ったものの、静かに口を開いた。

「『愛する家族へ。いつまでもあなたたちを私は愛しています』」

 ダイヤを指先に乗せ、黒川は器用にダイヤを独楽のように回し始める。

「オーガストとアーサーの先祖、バジル・フレデリックの残したダイヤの暗号は家族に宛てた手紙だ。ちょうど戦争の真っただ中、バジルは離れて暮らす家族に宛てて手紙を出した。当時、手紙は検閲の対象、そこでバジルは考えて仕送りと偽り貴金属を家族に送ることにした。その中に職人に刻ませた暗号入りのダイヤを混ぜ、これでいけるとバジルは思ったが……残念ながら、ダイヤは家族には届かなかった。検閲対象に貴金属も含まれ始め、没収となりそうになったために業者が気を利かせてバジルのもとに返してしまった。愛情のこもった手紙はそういった経緯もあって、家族に届くことはなかったわけだ」

 全部知っていたんじゃないか、と呆れたふうにオーガストがため息を吐いた。そんなオーガストに、指先で回転させていたダイヤを黒川は差し出した。

「こういう形で終わることをお前は目論んでいたというわけか……」

「この手紙を受け取る相手はもういない。しかしながら、受け取る資格を持つべき愛情に満ちた家族が俺の目の前にいる。どうやら、今のアンタらには返せそうだ」

 オーガストの身体を支えるアーサーを見て、それからダイヤをオーガストの手の平に握らせる。じっとダイヤを見つめるオーガストに、アーサーが先に口を開いた。

「私は、今でもユージン・シャーロットを父親だと思っている。だから、今の私にはあなたが父親であるということを受け入れられない」

「……アーサー」

「だから……頑張る。受け入れられるように、頑張るよ」

 アーサーが見せた照れ笑いに、歯を食いしばるオーガストは涙を堪え切れず、男泣きする。

「いつか……二人の父を誇りに、自分の家族を守っていけるようにしていくよ」

 離れていた手を、ようやく繋いだ。たった二人だけの家族を見て、桐乃は胸にくるものがあった。嬉しさが込み上げて、薄ら浮かんだ涙を指先で拭う。そこに、灘源一郎がやって来た。険しい表情をする灘の後ろには不気味な笑みを浮かべる男がいる。

「アーサー・シャーロット……アーサー・フレデリックとオーガスト・フレデリック。この一連の事件、その重要参考人、ということでいいな?」

 アーサーとオーガストは小さく頷き、投降の意を見せる。しかし、灘は踵を返し、ポケットに手を突っ込んだ。遠くから聞こえ始めたサイレンの音に耳を傾け、赤色灯の灯りを眺めながら言う。

「俺は、意識を失っていた。そういうことにしてくれ。これは自分自身の判断だ。間違ったことではあるまい」

 迷いのない間違えようのない答えに、アーサーが「ありがとう」と言い、灘は照れ隠しなのか頭をぽりぽりと書いて黒川のほうを見た。しかし無言で顔を背けて前へ歩き出した。

「お巡りさん、落とし物だよ」

 黒川がそう言うと、取り出した拳銃を――灘から奪った拳銃を投げた。灘は振り返りざまにキャッチし、さらに灘も取り出した拳銃を、黒川一士の拳銃を投げようとして、止まった。

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