◆
銃声がこだまする中、桐乃は配線を切り進める。アーサーとオーガストはようやく家族としての形を取り戻した。それを、こんな形で失わせたくはない。家族としての絆が存在しない桐乃には羨ましく思えて仕方ない。しかし、妬ましいとは思わない。羨ましくて、大事に抱いていてほしいのだ。
鳴瀬は自分を信用してくれた。だからこうやって爆弾の解体を任せてくれた。信じてくれていなければ、こんな危険極まりない作業を任せてくれはしない。
せっかく出会えて、自分を変えてくれる人たちと出会えた。自分を変えようとする自分に出会えた。こんなところで――と、桐乃の手が止まる。残る配線は束になった四本のみ。しかし、映像が途切れた。途切れて、再生されたのは、灘源一郎の姿。
「どうした、お嬢ちゃん」
「最後の手順、灘さんが……」
顔を青ざめた桐乃を見て、鳴瀬は灘に突っかかった。
「灘! てめえお嬢ちゃんに何かしたのか!?」
「俺は何もしていないぞ!?」
鳴瀬と灘が親子喧嘩のようにぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。
最後の手順、灘の登場で視界から爆弾がフェードアウト、どれを黒川が切断したのか、どの順番で切断したのか、まったくわからない。すっかり忘れていた映像の結末に、強まった鼓動が頭の髄まで響く。手が震え出し、ナイフを握る手から力が抜けていく。今にも滑り落としそうなナイフの切っ先が徐々に下へと向き、モニターに表示されたカウントダウンが目を震わせ、悔し涙が流れる。
どこかで思い上がっていたのかもしれないと桐乃は唇を噛んだ。自分は中途半端だ、何もできないくせに、調子に乗ってしまったのだ。期待させてしまったのだ。
(どうする? どうする? どうする?)
手の平は汗で滲み、呼吸も荒くなっていく。過呼吸を起こしそうなぐらいに頭の中がパニックを起こしている。モニターに表示された残り時間が刻々とゼロに近付いていき、熱くなっていたはずの血が、どんどん冷たくなっていく。
最悪な結末を想像し、吐き気も込み上げてくる。鳴瀬と灘の争う声が遠退いて行く、銃声も小さくなっていく。海風の当たる感触も、波風の音も、消えていく。これが死の間際なのだろうか――そう思った桐乃の身体に、ふわりと何かが覆い被さった。虚ろになりつつあった瞳を横へ向け、涙がこぼれ落ちる。ナイフを握り締めていた手をそっと握られる。火傷しそうなぐらいに温かい掌に包まれた桐乃の手が、誘われる。
ぷつん、と音を立てて断たれた配線が左右とも萎れたように下へ垂れる。モニターのカウントが残り六秒で停止、その瞬間、身体中を縛り付けていた何かが、崩れて消えていく。緊張が解れ、涙はぽろぽろとこぼれ落ち始め、温もりのある微笑みが指先の震えを止めた。優しく抱き締められ、その苦しさがとても心地良く、いつまでもこのままでいられたら――と桐乃は、力の抜けていく身体を黒川一士に委ねた。
「よく頑張ったね、桐乃」
――私は頑張ってなどいない、と桐乃は言いたかった。
言いたくても、言葉が詰まって声にならない。真似をして、最後にドジって、それでもきっと黒川は褒めてくれるだろう。後ろで鳴瀬や灘、アーサーやオーガスト、黒服の男がその場に座り込んで笑い合い始める。
それを見て、桐乃は今できる精いっぱいの笑顔を黒川に見せた。
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