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黒川の言葉にクスッと道化の男が笑った。きっぱりと答えた黒川は初めて無表情を見せ、オーガストは一瞬身震いした。
「何もわからないよ。俺にはあんたの気持ちはわからない。だけど、子供の気持ちならわかる」と黒川。
道化の男が壁から身体を離し、静かに語りながら黒川の横に立つ。
「――親子というものは似ています。とくに変なところが」
不気味な動きで腕を下に向けると、袖の内側からまるで生きているかのようにどす黒い色の一本の槍がゆっくりと姿を現した。槍がその全貌を見せ付けると、床に突き刺さり、道化の男は槍の中央を握って引き抜いた。
「アーサーもあなたと似たことをやろうとしている。自分の組織がおかしいことにいち早く気付き、虎視眈眈と『時』を狙っていた。しかし、組織の壊滅という考えは同じでも、彼女はダイヤを守ろうとしている。あなたはこの騒動を利用して現実から逃れようとしている。この違いがわからないわけではありませんでしょう?」
オーガストが振り返ったのと同時、呼応するように道化の男は白いマスクに軽く指先を触れさせた。
「ここまでは、情報を集めた上で構築させた推測だ。本題といこうか、オーガスト」と黒川は告げる。
「本題だと?」
オーガストは眉間にしわを寄せた。道化の男は淡々と語る黒川の隣で微笑みを絶やさない。
「以前話した時にすでにあんたは気付いているんじゃないのか? アーサーは間違いなく、真実をすべて知っている。そして、その理由を、アンタはもう気付いている。お嬢ちゃん、どうしてアーサーはダイヤに執着していると思う?」
「え……それは……フレデリック家の人間であることを知って、本来の所有者だということも知っていたから、ですか?」
「じゃあさ、どうしてアーサーは自分の出生を知ることができたと思う?」
黒川が言った瞬間、オーガストがよろけて窓に背をぶつける。
「こればかりは俺にもわからない。現場に居たわけではないから」
現場、という言葉に桐乃の頭にいち早く浮かんできたのはシャーロットの前頭目の暗殺事件だ。
「ただし、予想は容易にできる。暗殺が起こるより以前にユージンとアーサーの間にぎくしゃくした関係はまったく見られなかった。つまり、暗殺当日まで真実はアーサーの耳に入ることはなかったということだ。では、いつ、どうやってアーサーは自分の出生を知ることができたのか。そのきっかけは何だったのか。そのきっかけとして一番有力なのは」
踵を返し、黒川は再び背もたれを前にして椅子に座った。
「ユージン・シャーロット、彼は」
ニッと笑って、黒川の笑みが不気味に暗闇に浮かぶ。
「即死ではなかった」
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