桐乃が解決しきれていない、アーサーのダイヤへの執着の理由が見え隠れし、黒川の言葉に桐乃は食い入るように聞き入った。

「日本語が流ちょうな理由は母親の影響と血筋といったところかな? アンタの妻は当時起こっていた激しい闘争の最中、流行病でアーサーが物心つかない幼い頃に亡くなってしまい、結果的に母親も父親も【いくらでもねつ造することができた】わけだ。でも、どうしてだろうな。激化した闘争も落ち着いても、娘には自分が本当の親であるということを教えず、ユージン・シャーロットを父親に捏造し、真実を告げずに友として会ってしまったのか」

 ちらりと黒川はオーガストを横目で見る。オーガストは黒川の目を見て顔を逸らした。

「温厚派だったユージン・シャーロット、彼の人柄はとても裏の社会で暗躍する組織の頭目とは思えない人物だったそうじゃないか。闘争の渦中にいたあんたなら、いや――俺でもあんたと同じことを考えるかもしれないな。だから、本当にそういうことなら、強く責めるような口調では言わないよ」

 壁に寄り掛かっている道化の男を一瞥し、黒川は椅子から立ち上がった。

「可愛い子供を争いの絶えない自分のもとに置いておくのは危険だ、ならば信頼のできる温厚派の友に託したほうが安全で、幸せになれるだろう――なんて。そんな感じかな。でも、ダイヤはシャーロット管理下にあったにもかかわらず行方知れずとなっていた。俺の推測になるが、ユージンが亡くなる半年ほど前に火事が邸宅で起こったそうだ。そのときに誰かに盗まれたのだろうね。もちろん、本来の価値なんて知らずに盗み出してうっぱらったんだろうけれど。そして巡り巡って一年後の今、こうしてそのダイヤが見つかり、予想通り各国の国際的裏組織の皆様が仰々しくも集まりダイヤを巡って来日し、まるで一つの歴史に終止符フルストップを打つかのようにこの船上はさながら幕引きの舞台となった――そうなることを知った時点で、あんたは企み迷っていたことを決断したわけだ。実の娘が組織を引き継ぐことになるなんて、とか変なところで父親っぽいことを考えてしまったんだろ? そうなると、あんたが考えそうなことが一つ、いとも簡単に浮かんできたよ」

 オーガストの前まで歩いて行き、黒川は人差し指を立てて語る。

「あんたの企ては船と共に歴史を沈め落とす。アルバートの仕込んだ爆弾までも利用してダイヤもろともすべてを引きずり込んでね。アーサーも同じことを考えていたようだし、アルバートの爆弾入手情報を二人共掴んでいたようだね。残念だけど、解体しちゃった」

 窓へと歩み寄って肩を落とすと、息を吐き捨て、暗闇の中の銃声と海風が窓を叩く音、うねる波が船に打ち付ける音に耳を傾けるかのように、オーガストは目を閉じた。

 オーガストの狙いは、歴史の幕を下ろすこと。桐乃はオーガストの後ろ姿をじっと見つめてから、静かに視線を床に落とした。

「あのダイヤを日本に隔離させたのは妻だ。妻は負けず嫌いな性格だった。戦地に身を置き、私と共に乗り越えたいと懇願していたくらいだ。だが、私は妻の願いを拒み、妻をシャーロットのもとに身を隠させた。それがよかったのか、悪かったのか……決まっていることだが、妻はダイヤを隔離させ、自分が守ると言って日本に持っていった。ダイヤを巡る争いでもあるのなら、守ることも戦うことだ、と。間違っていたのかもしれん。あんなダイヤ、さっさと捨ててしまえば……」

「それを言っちゃ駄目だろ。奥さんの意思を無駄にする気か? 代々ダイヤを守ってきたという先代を侮辱する気か? 捨てるのは簡単だ。ごみの日に出しちまえば解決するもんな。でもな、そういうものじゃないのはあんただってわかっているはずだ」

「おまえに何がわかる!」

「何も?」

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