「わかった、俺も本気で向き合うよ」

 そのまま後ろへ歩いて行き、離れて立ち止まる。周りは瓦礫散らばる戦場。二人はその中に立ち、襲い掛かった衝撃が足元を揺らす。どこから飛んできたのか、海上へ撃ち込まれたロケットランチャーの弾が波をつくり、客船が大きく揺れる。二人の間に大きな柱が崩れ落ちてくる。互いの姿が見なくなった瞬間、アーサーが柱を飛び越えた。海風の影響で舞い上がった木屑や細かい砕けた柱の欠片、煙がスライドするように視界から消え失せる。アーサーの目が真下にいる鳴瀬へ向けられた。銃口を向けられ、鳴瀬は柱を背面跳びのように仰向けの状態で、しかし体勢を崩すことなく飛び越える。アーサーよりも速く、鳴瀬の片手の銃が火を噴き、アーサーの持つ銃を狙い撃つ。アーサーから左手に握られていた拳銃を弾き飛ばし、鳴瀬は身体をひねって甲板に着地。アーサーが転がりながら着地したのと同時に放った弾丸を『狡賢い脚捌き』――する直前、鳴瀬は回避を停止、鮮血が甲板を染めた。アーサーが目を疑うような顔をしていた。鳴瀬の右腕を貫き、アーサーの撃った弾丸は軌道を僅かに変えて壁に減り込む。

「く……!」

 『狡賢い足捌き』の停止の意図に気付いたらしく、アーサーに動揺の色が見えた。鳴瀬の背後、そこには虎波生絲。その動揺、そして戸惑いは、決定的で致命的な一瞬――次の瞬間には、熱のこもった銃口を、アーサーの額すれすれに向け、薄ら涙を浮かべて歯噛みするアーサーを鳴瀬は見下ろしていた。

「……『狡賢い足捌き』には音を殺す歩法もある。手の内も何も、相手の戦術を知らないなら尚更気を抜くなよ、アーサー。まずはそこから直すことだ。じゃないと――」

 鳴瀬は低い声で、

「――死ぬことになる」

 容赦なく、引き金を引いた。アーサーはどす黒い銃口の奥を見ていた。聞こえた音は、トリガーを引く音のみ。さらにもう片方の銃を向け、トリガーを引く。同様にトリガーを引く音がけが鳴る。

「……ふふふふふ!」

 鳴瀬は笑ってぽかんとしているアーサーの額からホールドが開いた状態の銃を離す。

「残念。死に損ねたな、アーサー。弾切れだ」

 拳銃を懐のホルダーに戻し、手を差し伸べた。

「……わざとだろ」

「だったらなおさらお前の負けだ」

 アーサーは「くそ!」と鳴瀬の手を払いのけて膝を抱えて座る。ちょこんと座るその様子は、いくら気張っても女の子、可愛いものだった。

「とりま、俺の勝ちってことで」

 鳴瀬はアーサーの頭をぽんと一回叩き、虎波のほうへと歩み寄る。不満そうな顔をしていた虎波に、笑いかける。

「躱せていたかもしれないけれど、まあこうでもしないと熱が落ち着かないかなって思って」

「……そうっすか。いいっすよ、もう」

 そう言ってダイヤを虎波は鳴瀬に手渡そうとしてきた。しかし、がっちりと指先で掴んだまま、小声で訊ねてくる。

「あいつを任せて、本当にいいのか?」

「ああ。お前はお前のやりたいことをすればいい。こっちは任せろ。ダイヤを『奪い返す』のが今回の俺たちの仕事だ。黒川がうまくやってくれるさ。それに、俺は女性には優しいんだ。今回は酒も入っていねえから、ちゃんと守ってやれるよ」

「……最後ぐらいは俺に任せてもらってもいいっすか?」

 ダイヤを受け取った鳴瀬は、少しだけ拍子抜けする。初めて穏やかな顔をして見せた虎波が、走り出す。咄嗟に鳴瀬は替えのマガジンを取り出そうと腰に手をやるが、遠く、走り出した虎波の手から鳴瀬のマガジンが甲板に撃ち捨てられる。

「まさか……!」

 瞬間、発砲音が響く。虎波が向かった先、アーサーの目の前で、虎波が膝から崩れ落ちる。ただ崩れ落ちたのではなく、まるでアーサーを庇うかのように、両手を広げて身を挺するかのような体勢のままに。突然の事態にアーサーが絶句する。鳴瀬はすぐにマガジンを拾いに走るが、マガジンは瓦礫の下へと滑り落ち、手の届かない場所へ。後方十数メートル先、銃を持った男が薄ら笑いを浮かべ、さらに引き金を引いた。鳴瀬の感じ取った弾丸の先はアーサーの眼球。歯を食いしばり、虎波が再びアーサーの前に立ち、再びその身を楯に弾丸を身体に受ける。着弾と同時に身体に衝撃が走り、痙攣したかのように身体を震わせた虎波は、客船が大きく揺れたことで力なく横に倒れ込み、転がっていく。

「アーサー!」

 びくりとしたアーサーが鳴瀬の怒鳴り声に我に返ると、転がっていく虎波に手を伸ばした。重なる衝撃や銃撃によってあちらこちら手摺が吹き飛び。海との隔たりがなくなった箇所に転がっていく、ぐったりとした虎波の手を落下寸前のところで握り掴んだアーサーだったが、虎波の身体を持ち上げられずに歯を食いしばる。アーサーの横を滑るように追い付き、虎波の腕を鳴瀬も掴み、持ち上げようとした。しかし、虎波は鳴瀬に微笑みかけ――鳴瀬は力を抜いた。

 背後、耳に入ってきたのはマガジンの装填音。顔だけを甲板に向けると、武装した男が歪んだ笑みを向け、スライドを引いて今にも追撃を加えようとしている。

 鳴瀬は順次にアーサーのホルダーから銃を抜き取り、銃口を男に向け――一発の銃声が鳴り響き、鳴瀬は目を丸くさせた。寸でのところで引き金を引くのを止め、鳴瀬は白目を剥いて倒れ込む男から、甲板に姿を現した、青ざめた顔で銃を構える人物へと視線をずらした。銃を握る手はがくがくと震え、目は泳ぎ、歯をカチカチと鳴らして。

「――虎波?」

 灘源一郎が、その場に銃を滑り落とした。


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