喫驚し、オーガストは両手の手をじっとりと汗ばませ、黒川を凝視した。

(アーサーが……! いや、それよりも!)

 やられた、とオーガストは滲み出る汗を拭って黒川を睨んだ。この男は自分の反応を見て確認し、たった今、推測を確定付けた。黒川一士は奪い返し、本来の所有者の下へ帰すという変わった怪盗だ。つまり、黒川は真実を――あのダイヤの所有者をすでに知っていて、奪い返そうとしている。そうでなければ動くはずがない。ダイヤが本来の目的ではないというオーガストの意図を見抜き、さらに狙いをも見抜いていると考えるべきだ。それよりも、黒川の言うことが本当であれば、アーサーも同じ狙いの下、動いているということになる。いつからだ? とオーガストが記憶を探ってみるが、アーサーがいつ真実に辿り着いたのか――まったく見当が付かなかった。

 しかし、ある推測が浮かび、オーガストは「まさか」と黒川にゆっくりと歩み寄る。

「――情報屋から仕入れるよりもずっと前から情報収集はしていたんでね、今回受け取った情報と組み合わせてみたんだが、どうやら当たっているようだ。困ったものだ」

 黒川は顔を横に振り、空気に溶け込むような口調で話す。

「名のある組織の支配者が二人もを考えているなんて、この裏社会では考えられないほどの私情を挟んだ企みだ」

「そんな、まさか……だとしたらアーサーは最初から……!」

「さあね」

 言って、黒川は再び一瞬の瞬きの合間に姿を消し、今度は出入り口に姿を現した。動揺から手足が震え、近くの椅子に座り込む。

 アーサーはすべてを知っていた。すべて知っておいて、今まで。

「じゃ、これで俺はおいとまさせてもらう。いろいろと準備やら手配やらで忙しいんでね」

「待て! アーサーはどこまで知っている!」

 不敵な笑みを口元に浮かべ、はっきりとした顔もわからないまま、黒川一士の姿は暗闇に溶けて消えていく。

 レストランに一人佇み、黒川の言葉を脳裏で繰り返す。無線で部下を呼びだそうとしたが――そのまま停止、しばし難しい顔で考える。全面嵌殺し、ガラス張りの窓から地上を見下ろす。行き交う車のヘッドライトが深海に沈む宝石のように輝き、しかしその輝きは、砕けた、価値を失ったダイヤのように儚く、残酷な決意に満ちた心には、眩しく突き刺さり、胸を締めつけてくる。

 時期に終わる。終わらせる。自分の弱さが生み出してしまった現状に、オーガストは静まり返った空間に言葉を呟く。

「我が友よ、許してくれ……」

 悲痛の言葉は、誰にも届くことなく掠れて消えていった。

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