◆
アーサーが出ていき、それからアルバートは部下を引き連れて出ていく。そして扉を閉める際にアルバートは小さくお辞儀をし、扉が閉まると同時にオーガストは深いため息を吐いた。
肘掛けに肘をつき、片手で頭を抱えるようにオーガストは苦悩に満ちた表情を浮かべる。部下とレストランに残っていた従業員すべてにレストランから出るよう命令した。
部下がレストランの従業員を連れて扉を閉めると、オーガストは静かに立ち上がり、花瓶に挿してある花を指先で揺らし――背後に感じた薄気味悪い気配に、ゆっくりと目を向けた。暗がりの中、顔はまったく見えない。年齢や顔立ちなどはわからず、しかし声色から男だということだけはわかった。その男は透き通った清々しい声で喋り始め、オーガストは冷静に男に身体を向けた。
「初めまして、オーガスト・フレデリック」
「……何者だ?」
「失礼、いろいろあって、あんたと話がしたくなってね。世間では黒川一士という名前で通っている者だ」
「黒川一士……偽善主義、怪盗の餓鬼か」
「怪盗かどうかは知らないね」
一歩、二歩と歩み寄る黒川に、オーガストは冷やかな目を向ける。オーガストの横で立ち止まり、「話せ」とオーガストが言うと、黒川は話の続きを口にした。
「どうも……では、まず始めにユージン・シャーロットの死について。こちらもそれなりに情報を掴んでいるんだが、それを抜きにしても彼の死で得する人物は限られていた……それは誰にでも思い付きそうなことだ。その名は、アーサー・シャーロット」
オーガストは鼻で笑い、しかし、黒川の言葉の続きに思わず立ち上がった。
「――彼女の側近、アルバート・フェザリー」
目を丸くし、一瞬の瞬きの内に黒川は姿を消す。オーガストから遠く離れたバーカウンターに黒川はその姿を見せた。
瞬間移動の類か、イリュージョンのようなものか――それよりも、とオーガストは冷や汗を滲ませながらテーブルに手を衝いた。
「とはいえ、彼が実行犯ではなく、力を持った主犯であるということ。そしてアーサー・シャーロットがまだまだ未熟の灰色で力のない、徹底ではない悪であるということから、一年前に解決していたはずの事件もうやむやにされた。それはもうあなたもわかっていたこと、だよな?」
「……確かにあの側近を私は疑っていた……元はユージンの側近、信頼度は誰よりも高かっただけに、組織をほぼ完全に掌握していたはずだからな」
「組織全体を動かす力は組織を統制する力とはまた違うからね。おそらくユージン・シャーロットよりも、アルバート・フェザリーのほうが組織に置ける頭脳としての素質は上だった。まあ、素質なんてものだけで組織の頭をやれるわけでもない」
黒川は口角をグイッと上げると、静かな声でオーガストに呟くように問い掛ける。
「アルバートがグリケルト、クランチ殺害の首謀者であることは間違いない。隠すつもりがないのは、おそらくすべてに終止符を、そして始まりの鐘を鳴らそうとしているのかもしれない……しかし、彼にとって、ダイヤはこれから先の自分の栄光のために所有しておきたいお宝だろう。そうなると、オーガスト・フレデリック、そしてアーサー・シャーロット、双方がどうしてダイヤを求めるのか、という点が残る」
「それを知って、お前はどうするつもりだ?」黒川の異様な不気味さに、オーガストは慎重に言葉を選ぶ。「お前は奪い返すことを主義にしているのだろう? ダイヤを狙っているわけではないのか?」
「ダイヤが本来の目的ではないよ。あなたとアーサー同様にね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます