爆音が止まったのは逃走開始から一時間ほど経った頃だった。警察車両をまいていると今度はヘリコプターまで参戦し始めた。しかし、黒川はすべての道路を知り尽くしているかのように、あちらこちらと小道だろうがどこだろうが、階段であろうとも映画顔負けの運転技術で走り回り、海岸線や山道をドライブ気分で走り、最終的にビル群に入ったことでヘリの追走を途絶えさせ、途中ですでにパトカーをまいていた黒川は余裕を残したまま比較的最近建てられた高層ビルの地下駐車場へ車を滑り込ませた。

 駐車場の一番端に停車、鍵を車の下に滑り込ませる。そして地上に上がったところで一台のタクシーがタイミングを見計らっていたかのように二人の前に停車した。桐乃を先に乗せた黒川は運転手に「Dの4へ」と告げる。タクシーが動き始めると、黒川は足元に置いてあったアタッシュケースを持ち上げ、後部座席のシートで開封した。

「車はあの黒服の男が後日回収するだろう。はい、これ上から羽織って、サングラスと帽子もね」

「え? え?」

 わけもわからないまま言われるがままカーディガンを羽織り、サングラスと帽子を被った桐乃は、いつの間にか顔がまったくの別人になっている黒川に驚き絶句した。

「変装は得意だけど他人を化けさせるのは苦手なんだ。そろそろ習得しないといけないんだけどね」

 今までと同じ調子で黒川が言うと、少しだけ桐乃は安心して息を吐いた。

 タクシーがしばらく街中を走っているとパトカー数台とすれ違い、車内を確認しながら巡回している警察官に緊張しながら桐乃はサングラスの奥で目をきょろきょろさせていた。

「もうじきアジトに着くから安心しな。別にお嬢ちゃんは悪いことしていないんだ。ただの人質。だから普通にしていればいいよ」

「ひゃい」

 上手くしゃべれず顔を真っ赤にさせると、黒川がくつくつと笑い始める。恥ずかしさを桐乃が我慢しているとタクシーが止まり、扉が開いた。黒川に手を引かれて外に出ると、黒川は一度タクシー内に戻って懐からお札を数枚取り出して運転手に手渡した。

「いつもありがとう、助かった」

「いえいえ、このぐらいで恩を返したつもりはありやせんよ、旦那」

 ほとんど抜けてしまって数本しか残っていない白い歯を見せ、運転手は扉を閉めると、行き交う車の中へ消えて行った。

「あの運転手のおじいさんも仲間なんですか?」

「いや違うよ。以前、誘拐された彼のお孫さんを奪い返したことがあってね」

 はあ、と桐乃は短い説明で口を閉ざした黒川に手を引かれて近くのバーに入っていった。昼間から開いているバーはなかなかこの近辺では珍しいもので、店内に入ってみると一人だけだが髭面の男性客が酔い潰れているのか、カウンターで寝息を立てていた。その後ろを通って奥へ進んだ黒川は店内を掃除していた無表情で少しばかり怖い顔をした男に声をかけた。どうやらここのマスターのようで、彼から鍵を受け取った黒川はさらに奥へと進んだ。小さく会釈をした桐乃にマスターも会釈し、掃除に戻る。何とも不思議な空気に息を?むと、黒川が突き当りにあった扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。

「アジトは世界各国にあるんだけど、ここは酒も飲めるし、飯も美味くて使用頻度も高いんだ」

「あの方はお仲間ですか?」

「いいや? というか、さっきからどうしてその質問?」 

「あなたは国際指名手配されているじゃないですか。ですから、仲間がいろいろとサポートしてくれているのかと思って……さっきのタクシーの運転手の方や今の方が仲間だと思ってもおかしくないでしょう?」

「確かにそう思われてもおかしくはないね。でも仲間じゃないよ」

 嬉しそうに答えた黒川の考えが読み取れず、とりあえずはこの疑問を置いておくことにした桐乃は、扉の奥へと黒川に案内された。

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