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今より十年前、ニューヨーク近郊で起こった強盗事件が始まりだった。国営金庫に強盗団が押し入り金品を根こそぎ奪った事件。その事件の数日後、犯人グループが警察署の前に気絶した状態で発見された。犯人グループからの証言では犯人グループが奪い去った金品をさらに見知らぬ少年がさらに奪い取ったというのだ。一人の少年による仕業だと警察は断定し、捜査を行っている最中、奇妙なことが起こった。
盗まれた金品のほとんどが本来の所有者の手元に届き、一通の手紙ととあるデータが入ったUSBが警察に送られてきたのだ。そのデータには盗まれた金品のほとんどが窃盗品であるという証拠が入っており、所有していた人間の知られざる犯歴をも記されていたのだ。
そのデータがきっかけで一度に五十八名の窃盗犯、強盗団幹部、果てには盗品だと知っておきながら買い取ったとされる有名人や国会議員たちが逮捕され、世界中を震撼させた。
この事件を皮切りにその少年が関わった案件がいくつも発生、一般人からは奪われたものを奪い返す正義の怪盗と呼ばれたものの、警察からしてみればその少年も犯罪行為を行っていることには変わりないとして、国際指名手配、ありとあらゆる名前を使用していた少年に対して、最初の事件で使用されていた偽名がその少年の名称として登録、現在も逃走中である――という新聞記事。
さらに思い出せば特番などでも取り上げられ、アンチヒーローとしてその名は有名なものであったことを、桐乃はようやく思い出した。
「あなたが、あの黒川一士?」
「どの黒川一士か知らないけれど、まあ、多分その黒川一士で当たっているはずだよ」
「ほ、本物ですか?」
「本物だから、こうやって追いかけられているわけなんだよね――さて、もう少ししたら直線道路、加速するから気を付けてね」
青年が――黒川一士がニッと笑って車を加速させようとする。それを見て、桐乃は慌てて止める。
「速度超過! 道路交通法違反です! というか危険ですから!」
何より自分の身を案じる。一般道ですでに時速百二十キロを余裕で超えているのだ。
「しょうがないなあ」と黒川は突如ブレーキを踏み、器用に車を操り半回転、ギアをリバースに入れて再びアクセルを踏み込んだ。突然のバック走行に、もはやぐしゃぐしゃになった髪や涙目に恥じらいはない。
「何を……!?」
「ほら、これでマイナス百二十キロになるだろう? 超安全運転」
「ひぃいいいいっ!」
そんなジョークはいりません! と心の中で叫んでいると、拳銃を手に黒川は「ごめんごめん」と同じように元の状態に車を戻しつつ、窓を開け、外に腕を出した状態で前方に構える。後方、追いかけてきた覆面パトカーが二台、通常のパトカー十数台をサイドミラーで確認して、黒川の指先がトリガーにかけられる。
「今の時間帯だとここは一般車両が少なくて助かるよ」と、黒川が引き金を引き、硝煙が舞った。弾丸の行方など目で追えるはずもないのだが、しかし放たれた弾丸が普通の弾丸でないことに遅れて桐乃は気付いた。道路前方に着弾したのと同時、真っ白な煙が噴き出し、まるで深い霧に包まれたような状態となった。
その煙を黒川と桐乃が乗る車は突っ切り、桐乃は慌てて身体を捩って後方を確認した。煙の中で火花が上がり、パトランプがひしめき合っている。ブレーキ音や軽い衝突が響き、黒川の名前を叫ぶ声が微かに聞こえてきた。
「いい感じに足止めできた。最近買ったんだけれどさ、やっぱり煙幕は常とう手段でありながら有能だと実感するね」
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