自分と同じ感覚を持っている人だったとして、それで声をかけてどうする、という話だ。考えている合間、その時間が相手には迷惑であることは間違いない。青年は笑ってはいるが、内心どう思っているかなどわかりもうないのだ。

 あたふたと、おろおろと桐乃がしていると、青年のほうが腕時計を見てから話しかけてきた。

「俺、これから大事な用件があってね、あまり時間がないんだ」

 青年が苦笑いになった瞬間、桐乃は頭の中が真っ白になった。気になって追いかけて、転んで荷物を散らばせて、さらに拾ってもらって呼び止めて、迷惑をかけてしまっている。自分の行動に計画性の何もないことに呆れ、桐乃は開きかけた口を閉じた。少しだけだが行動に移すことができただけましかもしれない、そんなことを思っていた桐乃の手を、青年が突然掴む。

「大事な用なのかどうかわからないけれど、咄嗟に言葉が出ないことは人間誰しもよくある話だ。かといって俺もここでずっと案山子のように突っ立って待っているわけにもいかない。そこで、だ」

 歩き出す青年に手を引かれて、よろめきながら桐乃も歩き出す。

「俺の用件なんだけどさ、男一人で向かうよりも女性が一緒にいるほうが何かと都合がいいんだ。相手が女性なだけに、安心させることができる。その道中でも終わりでもいいから、口が緩んだら話を聞かせてくれ。一挙両得、かどうかはさておき、効率の良い選択肢だと俺は思うんだが、どうだろうか?」

「えっと、はい」

「じゃあ決まりだ」

 どうだろうか? と訊いている割には歩く速度は緩まない。桐乃には青年を止める理由も道理もない。自分が狼狽えてしまって何を伝えたいのか、何を話したいのか、上手くまとまっていないのだから当然だ。

 名も知らず、何者かも知らず、持っているケースの中身も行先も知らぬまま、素直に手を引かれながら桐乃は付いて行った。


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