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「2階の角部屋とその隣が取れました。9人は少し窮屈かもしれませんが休めるでしょう。男女2人組が一部屋取っているようです。宿の主人の話だと男の方は傭兵のように見えたとか、、、でも先に部屋に入っていたので問題ないでしょう」
いちばん近い宿場町まで着くと先行していた侍女のアマンダが宿を案内してくれた。
本来ならもう少し先の街で宿を取っていたので予定外の動きだが、彼女のおかげで何とか今日の寝床は確保できた。
「ありがとう、アマンダ。いつも苦労かけるわ」
「ノノチア様、もったいないお言葉にございます。道中お疲れになりませんでしたか?」
「大丈夫ですよ。それほどやわにはできてないつもりですから。それにいつも私は外へ出て運動しているでしょう。アマンダ、貴女がそうしろというのだから」
「それは失礼しました。それでは外へ出るのは少なくして、屋内で運動をしましょう」
「もう!」
姫様とアマンダは談笑を続けている。
上下関係こそあれど、その砕けた会話風景は姫様の人柄を表しているように見えた。
アマンダは年齢こそ30近くらしいが、それよりもっと落ち着いた雰囲気を感じる。
素敵な女性だ、と素直に思った。
同時にあれほどの惨劇があったというのに笑顔を絶やさない姫様の姿を見て改めて敬服した。
アマンダから鍵を預かり、宿へ向かう。
宿の主人に挨拶をして階段を上がった。
ギシギシと床が鳴る。
木製の柱は随分と年季が入っているのか滑らかだ。
階段を上がりきると、左右に通路が別れている。
左右どちらも2部屋ずつ並んでいた。
「お部屋は右側の2部屋です」
アマンダが言う。
3階はなく1階にも部屋はいくつかあったが人の気配はしなかった。
2階の角部屋は守備には向いていると思った。
角部屋には姫様と侍女を、その隣には兵士が入る。
兵士は夜間も交代交代で部屋の前に警備を立てると決めた。
私も夜警として立つつもりだったが、リアニに止められた。
「ヨエン様は傷が深いのですからお休みください。眠るのがつらいというのであれば話し相手にはなりますから、」
「すみません。頼りにならないリーダーで、」
「とんでもない!あの時、ヨエン様の奮戦がなければ我々はここにはいません」
「それは、、、」
あの時、街道の戦闘の時は必死だった記憶しかない。
とにかく終わったあとには姫様が泣いていた。
そこからも記憶はない。
気づいたら横になっていた。
姫様を泣かせるような、不安を持たせるような戦いをしたのだろうか、私は。
「リアニ、馬を借りることができれば、今からでも首都までいってくれませんか?」
「応援を呼ぶのですね」
「えぇ、なるべく早いほうがいいでしょう」
「かしこまりました」
リアニに指示を出す。
護衛するには兵が足りない。
本来は10名での護衛の予定が、今は5名まで減っている。
さらに負傷者を入れれば厳しい状況であることは明白だ。
仮にリアニが首都へ向かうことになればさらに人は減る。
それに加えて練度も低かった。
私なんかは鍛錬の時こそ優秀の評価をもらっているが、実戦経験はほとんどない。
それが指揮を執っているのだ。
なかなかに難しい状態だ。
リアニが部屋を出ていきくのを見送った。
他の兵士はというと1人を残し夜警に備えて先に仮眠をとっている。
残りの1人は部屋の外で警備に当たっていた。
私も動き出す。
けがと熱のせいか、体の重さが尋常ではない。
なるべくなら動かず休養に専念したかった。
だがやらなくてはならないことはある。
護衛が半壊した今、得られる情報は得たかった。
不安をできるだけ払拭したかったのだ。
「宿の周りを確認しよう。できれば宿泊客の顔も見ておきたいが、、、」
部屋を出た。
短い通路を通り階段に差し掛かるあたりで下から少女が階段を上がってきたのが見えた。
長く黒い髪に見たことのない素材の衣服を着ている。
バゲットをバスケットに入れているところを見ると、夕飯の買い出しか何かかと思う。
少女もこちらに気付き、踊り場で足を止めこちらを見上げている。
じっと見つめてくる彼女に対し、何故か目が離せなかった。
ゆっくりと少女の口が開く。
「ひどい。けが、」
「あ、あぁ。私のことか。気にしないでくれ」
「ん」
閉口したまま返事をする少女。
階段を上ってきて同じフロアに立つ。
目が合う。
少女の黒い瞳からは何を考えているのかは理解できなかった。
再び少女が口を開いた。
「偽ってるの?」
「偽る?私がか?何を言っているんだ?」
「……なんでもない」
「そ、そうか」
不思議なことを言いながら彼女は私たちの部屋とは逆の通路へと歩を進める。
小さな背中に今度は私が声をかけた。
「すまない。ひとつ教えてくれ」
「ん」
「今日はここに泊まるのか?」
「……ん」
少女は少し振り向きながらコクリとうなずく。
そのまま奥の部屋に入っていった。
時間にしてはすぐだったが、随分と長い間会話したような気がしていた。
もちろん彼女がそこに泊まること以外何もわからないが、心は落ち着いていた。
先ほどまでは姫様を守り切れるかどうか不安ばかり抱えていたのに、、、
まだ体に重さはあるが、気持ちが軽くなったからか素早く周囲を見て回れた。
宿の入り口に戻ってくるころにはリアニが馬を引き連れていた。
これから首都に向けて走るとのことだった。
ねぎらいの言葉をかけ、リアニを見送りながら様々な状況を考える。
夜はこれから始まるのだから。
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