2-5

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日は傾き始めていた。

まだ高いがすぐに真っ赤に染まるだろう。


ドテッ


俺は地面にそれを放り投げた。

女が放り出されたそれを確認する。

その視線は凍てつくように冷たい。


「その首は、、、ジェリーオットマンですか?」

「ちっ、予想以下だったぞ。こいつ、」

「私の依頼はそれではありませんよ」

「わかってるよ」

「本当に、、、ご理解されているのですか?」


女の声は少し重く、棘があった。

俺も期待していたものが得られずイラついていた。

悪態をつこうかと思ったが、依頼主であることには間違いない。

少しは我慢しよう。


「襲撃は失敗しました。貴方があそこで動けば、、、」

「チラッと見えた槍の騎士が暴れてた時か?あいつのほうが強いんじゃないか」

「やはり見ていたのですね。あれを、」

「……」


槍の騎士が暴れまわっていたのを見過ごしたのがばれた。

騎士の戦いっぷりは個人的に相手にしたくないタイプだったのだ。


「ちっ、悪かったよ。警戒は強くなったかもしれねえが、一番厄介な奴は片付いたんだ。今度はまっすぐやってやるよ」

「……」


女から返事はない。

相当ご立腹のようだ。


それにしても槍の騎士は見事だった。

銃の威力にもひるまず突っ込む気力、そこからの鮮やかとも非道ともいえる確実な一撃一殺、そしてそれを繰り返し続ける精神の壊れよう。


「ああいう狂戦士が海にもいたな、、、」


ふと言葉が漏れ出ていた。

手合いとしてはそれほど強くはない。

ただとにかく狂っている。

攻撃を食らっても止まることはなく、止めることができたとしてもこちらは甚大な被害を被っていることが多い。

相手を殺しても自分が致命傷では意味がない。


反面強く惹かれている自分も居た。

狂っているぐらいの相手が俺には丁度いいのかもしれないと思っていた。


「口元がにやけていますよ」

「あ?」

「あれは貴方が期待しているような戦士ではありません。それにあの狂いよう、おそらく魔術でしょう」

「魔術か、、、」


魔術は自然の摂理に干渉する術だ。

例えば何もないところに火をおこしたり、筋力を一時的に強化したりといろいろなものがあるらしい。

あまり俺も詳しくはないが、はるか太古に魔族の血が混じった人間が使えたとか何とかで、今はその血を引いている人間だけが使えるとか。

俺自身もそれらしいものを見たことはあるが、それが魔術かどうかは不明だった。


素直に女に疑問をぶつけることにした。


「魔術なんて本当にあるのか?」

「ありますよ」


あっさりと女は答えた。

少しだけ笑みを浮かべる女。

女は右手をゆっくりと掲げ、手のひらを上に向ける。

その手を握りしめると手前へと素早く引く。


パンッ


「うおっ!」


空中で火薬が爆ぜた。

いや、火薬かどうかはわからない。

少なくともこの女は何も持っていなかった。


「いかがでしょう?これが魔術です。さっきの騎士の魔術とはだいぶ違いますが」


気づけば女は俺の背後に回り、首元に右手をまわしながら顔を寄せ耳元でささやいてきた。

とっさの出来事で体が硬直していたが、すぐに剣を抜き払った。

女は一足飛びに距離を取る。


「首が飛んでいましたね」

「…!」


夕日を背に女の顔は凍てついた表情を見せる。

首筋に冷たい汗が伝う。

びびってるのか?


「それがあれば姫さんを暗殺できるんじゃねえか?」

「さあそれはいかがでしょう?私の魔術はどちらかというと多人数を相手にするものですから、、、それにそういったことは貴方のような人間がやるのがお似合いでしょう?」

「てめえ、、、」


自らの手は汚さないと言うのか?

再び苛立ってきた。


「失礼しました。今は仲間なのですから剣をお納めください。あざ笑うような真似をしたのはお詫びいたします」

「はっ、そうかい」


苛立つ。

苛立つがこの女にアドバンテージを取られているのは確かだった。

剣をしまうために剣を少し持ち上げる。


「、、、!」


女が目をいきおいよく閉じる。

夕日の光を刀身に当て反射光を女の瞳に射しこませた。


ダッ


間合いを詰め女の右手首をつかみ上げ、剣を首元に当て込んだ。

仮に左手でも爆破することができたとしても、この距離では女自身も巻き添えだ。


女がこちらをにらんでくる。

さっきの不敵な笑みとは変わり、口元は真一文字を描いている。


「悪いが、俺は俺の思ったようにやるだけだ」

「……私を殺すのですか?」

「いや、、、」


女の首から一筋、赤い雫が垂れる。

剣をそのままに話をつづける。


「依頼は依頼だ。こなしてやるよ」

「……」

「ただこれが終わったら、背中に気を付けることだな」

「……」

「わかったか?」

「……少し、よろしいですか?」

「なんだ?」

「右手が痛いのですけれど?」

「ちっ」


バッ


掴んでいた手を離し、距離を取った。

剣を鞘に入れながら背を向ける。


「あんたのお得意の情報網で、あいつらの今晩の宿だけ教えろ。改めて殺してきてやるよ」

「わかりました。わかり次第部下を送りましょう」


女の顔は見えなかったが、棘があるようには聞こえなかった。

どちらかというと冷たい声だ。

その声の勢いから調子が戻ったように聞こえ少し苛ついた。


夕日を背に、自分の影が伸びるのを見る。

夜はこれから始まる。

今日だけで何度目かの舌打ちをしながら、奇襲の方法を考えていた。





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